ランチの時間
4時間目が始まる丁度その時に、ポケットに入れていた携帯電話が振動した。
教師が教室に入って来たので、一応机に教科書を立てて、それをバリアとしてメールを読む。この方法、机の下でいじるよりも怪しくないのだ。
メールは最近来ることが多くなった会長からで、その内容は
『昼休み食堂でごはん食べる(> <)』というものだった。
すばやく『そうですかおいしいといいですねおうえんしてます』と適当に返す。
すると、案の定光のはやさで『木戸も来るよ!決定!ああ俺嬉しい!異常!』と返って来た。誤字があった。
ため息を吐き電話をポケットにしまう。行かないと連れて行かれるだけの話だ。
ここ何週間か会長といて、俺はなんだかんだ文句を言っても会長の命令に従ってしまう自分がいることを発見した。
きっと、家柄がそうさせている。
俺の家は代々大きな会社の秘書やサポート的な役割についていて、ひと言で言うと長いものに巻かれる家系だ。
その血が俺にも脈々と流れているのだろう。
黒板を見ると、NとかAgとか、アルファベットや数字が踊っている。教師の説明を聞いてもさっぱりわけがわからない。
わけがわからないとヒマだ。ヒマだと苦痛だ。
前までは結構考え事でヒマを潰していたが、ここ最近考えるのは数週間前から俺の時間を奪ってばかりのあの男のことばかりで、もうこれ以上俺の時間を会長に奪われたくないから考えないことにしている。
結局授業が終わるまで、ノートにペンを走らせ、変な生き物を創造することに苦心した。
長かった化学の時間もチャイムとともに終了し、俺はすぐに席を立った。
「恭ちゃん風紀?」
後ろの席のミキちゃんが下から俺の学ランの裾を掴む。
「呼ばれたから行って来る」
「ああそう。いってらっしゃい」
主語も目的語も無い俺の言葉を、ミキちゃんは正しく、かどうかはわからないが理解したようだ。
そっけない返事の中に喜色が見え隠れする。
ミキちゃんは最近会長×俺というカップリングに目覚めたようで、一見前と変わらない態度で接しているが、詮索してきたり会長と俺についての妄想を語ることが増えた。
ミキちゃんのときめきを背中に感じつつ教室を出る。出るときにクラスメイト数人から応援されたが、意味が分からない。
はじめは会長に振り回される俺をおもしろがっていたクラスのやつらは、最近は微笑ましい目をくれるようになった。意味が分からないから嬉しくない。聞けばいい気がするが、聞いちゃいけない気がしてまだ聞いてない。
うんざりしながら三階にある教室から一階にある食堂へと向かう。
最近は俺もいやな方向で学内での認知度が上がってきていて、すれ違う生徒がじろじろと見てきたりする。
文句を言われることも多いが、俺が風紀委員に入っていることも知られているのか、会長関連で手を出されたことはない。
いつもの癖で、あまり使われていない特別教室などがある、教室から一番離れた階段を選ぶ。
二階の踊り場に差し掛かった時に、見慣れてしまった茶色が見えた。
でも、まさか。だって会長は食堂に向かってるはずだし、そもそも生徒会は授業の免除というとてつもなく優遇されたシステムがあるから、授業に出ているかさえわからない。
そして、この階段は生徒会とはまず建物が違うし、会長のクラスからも離れている。
「やっぱりここから来るのか」
「会長……」
しかし、見慣れてしまった茶色は、やはり会長の髪の毛だったみたいだ。
会長が少し高いところにいる俺を見上げる。
いつもは見下ろされる立場だから新鮮と言えば新鮮だ。
「パン買ってきたけど、これで良い?」
会長が持っていた袋を掲げ、いつものように不敵に笑う。
「食堂じゃなくていいんですか? いいなら行かない方がありがたいけど」
「いいよ。空き教室にでも入ろうか」
会長はそう言って、俺を追い越して階段を上っていった。
振り返らずに進んでいくのは、きっと俺が付いて来ると思ってるから。
実際付いていくんだけど。
会長は普段鍵が掛かっている五階の映写室まで来た。鍵は、と言いかけた所で会長が胸ポケットから鍵を取り出した。
会長が鍵を開けているのを、なんとなしに見る。彼の口元は楽しそうにつり上がっている。
噂でしか会長を知らなかったときは、ただの自分勝手な俺様だと思っていたが、仕事はちゃんとするし、それほど常識はずれの行動も取らないし、こきは使うが命令ばかりするわけでもない。敬語が苦手な俺がタメ口になってしまっても、とがめない。
かかわり合うのはとんでもなく面倒くさいが、会長は意外といい奴だ。
「入んねえの?」
鍵を開け終え半分体を中に入れた状態で会長が初めて振り返った。
「ねえ」
「何?」
その会長に尋ねてみる。
「なんでいきなり俺と昼食おうと思ったんですか?」
「友達は昼とか一緒に食うもんなんでしょ」
俺たち友達だったっけ? という疑問は浮かんだが、会長の顔がなんだか子どもみたいだったので言うのを止めて、待っていてくれる会長のもとへ向かった。