早寝記録

好きです

 2時間目の終わりに、あろうことか、教室に会長が現れた。
 教室がざわめき、浮き立つ。みんな「かっけー」とか「すげー」とかこそこそと言い合いながら会長に注目している。
 しかし俺の所属するFクラスは男臭いやつらばかりだから、それほど鬱陶しいことにはならない。
 それがわかったのか、会長が教室の中に入って来たのを感じる。
 なんで感じるだけかというと、俺は机につっぷしているからだ。
 寝てるのだ。俺は寝てるんだ。だから来ないでくれ。面倒くさい。早く行ってくれ。俺は次の時間風紀の見回りなんだ。
 見回りだから、と言えば面倒ごとを押し付けられずに済むだろうが会長と話すこと自体がなんだか面倒くさいからとにかく来ないでくれ。

「木戸くーん」

 会長の声がはじめに呼ばれたときよりも大きい。

「木戸くーん」

 ああ、段々近づいて来る。ホラーだ。

「恭ちゃんもう諦めなよ」

 後ろからミキちゃんの呆れ声。そのことから察するに、会長は俺の目の前にいるのだろう。

「木戸君次見回りでしょ。俺も行こうと思って来た」

 会長はそう言うと、いまだ諦め悪く机に突っ伏している俺の首根っこを掴み上げた。
 ぐえっと情けない声が出る。

「携帯は持ってるね」
「ぐぇ」

 会長が携帯電話が入っている俺の尻を叩く。

「それじゃあ行こうか」
「ぐぇ」

 会長は首が絞まって苦しむ俺なんて一つも意に介さずにそのままドアに向かって歩いていく。
 引きずられながら教室を見たときに、みんながおもしろそうに笑っていたのが見えた。
 あいかわらず主語も目的語も無く意味が分からない応援をされながら教室を出る。

「ていうかよお、無視はひどいよなあ、無視は」

 俺を解放した会長が前を歩きながらぶつくさと文句を言う。
 しかし、その声に不機嫌さは無い。

「会長見回りするんですか?」
「するよ」
「なんで?」
「会長が襲われてる子を救うとか喧嘩を仲裁するのってかっこいいだろ」

 知らねえよ。じゃあ一人で行けよ。

「っていうのは嘘で、なんとなく木戸のあと付いていこうかなって思っただけ」

 あと付いてって前歩いてるじゃねえか。
 色々文句、というか突っ込みはあるが、言っても無駄だと思うから心の中だけにとどめておく。

「今日は俺、校舎裏あたりの見回りですから」
「おっけー」

 会長はすれ違う生徒たちの憧れの眼差しを集めて軽い足取りで俺の前を歩いていく。
 ココア色をしたおいしそうな髪の毛が、会長が歩くのに合わせてふわふわと揺れる。
 染めているのだろうか。でも、それにしてはつややかだ。

「会長さ、髪の毛染めてるんですか?」

 俺の問いかけに、会長は意地悪く嬉しそうに口元をゆるめて振り向いた。

「何? やっと俺に興味持った?」
「別に。でもすげえ髪綺麗だし、染めてるんならすげえなって」
「染めてるよ。金と技術で綺麗な髪は手に入るんだ」
「何言っても嫌みっすね」

 俺の感想に、会長はいきなり立ち止まる。
 そして、俺の正面に立ち俺の髪の毛を梳いた。
 優しい手つきが気持ち悪い。ついでに周りの視線が痛い。

「染めたいの?」
「別に。だって俺染めたらきっとその辺のチャラい不良みたくなるし」

 そう言うと、会長は「確かに!」と言って吹き出した。
 周りの生徒が何事かと会長を見る。
 「思わず」笑ってしまった時の会長はいつもの大人びた雰囲気とは違い子どもっぽくなるから、きっと会長ファンの子にとっては眼福ものだろう。
 現に、顔を赤く染めて会長に見入ってる生徒たちがちらほらと見える。
 ここで気がついたが、もしかすると最近の俺のポジションは会長ファンにしたらとてもおいしいものではないのか。
 もしここで俺が会長のファンになればきっと嬉し恥ずかし幸せな毎日が待っているだろう。
 でも、ふと俺が会長のファンになったら会長は俺から離れていく気がした。

 俺のちゃらい不良姿を想像してさらにウケている会長を横目で見ながら考える。
 離れたければ「会長、好きです」と言えばいいんだ。
 そうだ、だって会長は言葉や態度の節々に「普通の友達が欲しい」というメッセージをがんがん俺に伝えて来てるじゃないか。

 みんなに睨まれて嫉妬されて野次飛ばされるのが嫌なら言っちまえ。
 俺が口を開きかけた時、予鈴が鳴り、廊下にいた生徒たちが慌てた様子で教室に入っていった。
 ちょうどよく人が捌けた。

「会長」
「何?」

 まだ笑ったままの顔で、会長は俺を見た。

「……急いで配置に付かないと、委員長に怒られるんですけど」

 我慢しきれなくなったら、その時にでも言えば良い。
 それまでは、この友達に飢えている可哀想な会長さんの気が済むまで付き合ってやっても良いかもしれない。

 上から目線でこんなことを思って、俺は走り出す。
 校舎裏は結構遠い。