早寝記録

会長の初体験

「会長って頭良いんすか?」
「聞いて驚け、学年で70番目くらいだ!」
「微妙! 何その反応しづらい順位! 驚いたけどさ」
「悪くないだろ。どの教科も平均より上だし。生徒会の授業免除の特権使えるぎりぎりのところにはいるよ」
「じゃあ無理じゃん……」
「何が?」
「化学が意味不明で困ってるんですよ。明日単元テストで、それに落ちたら田中ちゃんの特別講義1週間コース」
「いやだね、それは」
「いやですよ」
「教えてやろうか?」
「できるんですか」
「頭良いからって教えるのが上手いとは限んねえだろ」
「まあ、そうなのか。会長は教え方上手いんですか?」
「知らね」
「……」
「初体験をあげるよ。喜べ」
「変態くさいっすね」
「変態くさいことも俺が言うと名言に変わる」
「あ、そう」


 そんな会話を経て、俺は会長に勉強を教えてもらうことになった。
 会長の希望で、会長の部屋で。
 生徒会やその他委員長クラスの人間専用のフロアというものがある。バカと煙は高い所が好きという諺にもれなく当てはまり、やつらのフロアは最上階だ。
 金持ち学校なので、最上階というと本当に高い。しかも専用のカードキーが無ければその階に入られないようになっているらしく、誰でもほいほい入れる一般のフロアとの差別化がすごい。
 でも、何か起こったときに果たして彼らは逃げ切れるのだろうか。

「最上階って危なくないですか? 火事とか起きたら死にますよね。逃げれなくて」
「屋上から助けてもらえるんじゃねえの」
「そっか」

 どうやら金と権力で命さえも助かるらしい。

「つーかちょいちょい話そらしてんじゃねえよ」
「だって教科書見てると気持ち悪くなって来るんですよ。ねえ、ちょっと休憩しません?」
「休憩?」

 会長は眉間に皺を寄せて壁にかけている時計を見た。特に高そうではないがきっとおそろしく高級なのだろう。
 時計の針は19時を指している。

「ほら、会長腹減ってません? 野菜とかあるなら俺作りますよ。なかったら部屋から持って来るし」
「あるけどよ……」

 どうにか化学から逃げ出したい俺は、普段は面倒で絶対しない提案を会長にした。
 会長が少しだけ考える仕草をする。

「そりゃあんたがいっつも食べてるようなのは無理だけど、おふくろの味っぽくていいなら俺できますよ」
「おふくろの味知らねえ」

 おお、のってきた。これはいい徴候だ。

「じゃあ俺のがおふくろってことで。台所借りていいっすか?」
「ああ……」

 俺はそそくさと立ち上がり、キッチンへと向かった。
 なぜか会長も付いて来る。

 広くて清潔なキッチンは少し居心地が悪いが、一般生徒の部屋にはないオーブンなど、どう見ても宝の持ち腐れだろうという器具が多くある。
 冷蔵庫の中身は結構充実していた。

「会長なんか嫌いなものあります?」
「魚の目玉とかイナゴとか」
「普通のもので」
「ないと思う」

 まあ、ここは会長の部屋なんだし、嫌いなものは冷蔵庫の中に入っていないだろう。買ったのが本人なら。

 とりあえずおふくろの味として絶大な人気を誇る肉じゃがを作ることにした。じっくり煮込んでやろう。

 食材を用意し、学ランを脱いで会長に手渡す。会長は何も言わず受けとり、リビングに行った。
 腕をまくり、手を洗うが、俺の料理の出来はこのときに決まる。
 目を瞑り全ての工程を頭の中で早送りして確認、気合いを入れる。俺はこの作業を瞑想と呼んでいる。

「よし」

 水を止め、隣を見ると、会長が立っていた。

「休んでていいですよ」

 まさか邪魔だとは言えず、言葉を濁す。

「見てる」

 会長はその宣言通り、俺が料理をするのをずっと隣にくっついて見ていた。邪魔だった。


 俺は時間をかけて肉じゃがと、体の芯から暖まる涙が出ちゃうくらいおいしいと自負しているタマネギのみそ汁、やさしい味のサラダを作った。

 もう8時を過ぎて、少し遅めの夕食としてはいい頃合いだろう。

「会長、ゆっくり噛んで食うんですよ。ゆっくり」
「……お前、今日は寝れないと思えよ」
「何!? 会長俺を襲う気!? いやん、えっち! 優しくしてね!」
「田中ちゃん特別講義1週間コース」
「ごめんなさい」

 どうやら会長は本気で俺に付き合ってくれるらしい。
 そのことがわかってしまって、なんだかひどく申し訳ないことをしている気になった。
 そもそも頼んだのは俺なのに、俺は勉強をしない方向にとにかく頑張ってて、会長は自分の得になることなんて何も無いのに俺を勉強させようとしてくれている。
 これは申し訳なさ過ぎる。

「ちゃんとやりますごめんなさい」
「別にいいけどよ、謝んなくても。どうしてもやりたくないことくらい誰にだってあるだろ」

 会長心広くないか。どうした。
 というか会長に関する噂はなんなんだ。
 自分勝手で俺様で夜な夜な遊び歩き、親衛隊を食い散らかし、自分の気に入らないことがあるとすぐにキレるという噂はなんなんだ。
 一ヶ月くらい会長といたけど、遊んでるようすもなけりゃキレられたこともない。

「会長心広いっすね。俺だったら確実に殴り飛ばしてますよ」
「風紀がそんなことしちゃだめだろ」

 こんないい会長だったら俺じゃなくても普通に友達になってくれるやついるんじゃないのか。何も会長好き好き! な女みたいな少年たちばかりが学校にいるわけじゃない。
 会長がこういうやつだってことがみんなにちゃんと伝われば、別に遠巻きに見られることもここまで特別視されることもないのではないか。

「つうか、お前料理上手だな」

 思考の海に沈んでいた俺の気付かぬうちに、会長は箸を進めていた。
 会長がジャガイモを頬張りながら、緩く笑う。

「これがおふくろの味か?」
「例えば、遠出したときとか、ふとしたときに思い出してどうしようもなく懐かしくなったらおふくろの味です」
「あ、そう」

 話しながらも、自分が最低でどうしようもない人間に思えて、俺の気分は下降し続けている。
 さらに化学が憎くなった。