とっても一気に急展開
「総受って知ってる?」
寮の食堂で夕飯を食べているある夜、おもむろにミキちゃんが口を開いた。
「知ってるも何も教えてくれたのミキちゃんじゃん。俺はハーレムの反対って覚えてたけど」
「……なんか間違ってる気がするけどまあ、いいや。ちょっと俺に話させてくれ」
「うん」
今日のミキちゃんはやけに食べるペースが速いと思っていたら話すためだったのか。
俺はミキちゃんの語りを相槌を打ちつつ聞けばいいだけだから、ゆっくり食事をとることにして、追加でカツ丼を頼んだ。
「最近俺はすごく良い思いをさせてもらってるんだ。転校生に」
「転校生?」
「ああ。役員から学校中のイケメンまで虜にしてるじゃんか。その攻めたちの攻防戦がたまらないんだ」
「へえ」
「だけど、俺は最近新たな萌えに気がついてしまった」
「何」
「総受けの攻め同士の恋愛だ」
「会長かける副会長とか?」
「ここの会長はだめだよ。だって恭ちゃんに惚れてるし。俺、応援してるし」
「俺に惚れてないよ、会長」
「惚れてるよ! じゃなかったらいつか、いや、近いうちに落とせよ」
「無理だよ」
「その話はあとでじっくりするとして、それでね――」
ミキちゃんが総受け作品における攻め同士の恋愛についての話を再開しようとしたその時、食堂が怒声まじりの大歓声に包まれた。
広い食堂内の隅に座ってる俺たちにも直で響いて来る。
「転校生じゃん! 恭ちゃん、俺の萌えの供給マシーンが入って来たよ! うわ、今日もたくさん引き連れてる! ウケる! 萌える!」
ミキちゃんが目を輝かせて吠える。テンションだだ上がりだが、それとは逆に俺の気分は急降下していく。
話に出るのはかまわないが、実際に目にするとぶん殴りにいきたくなる。
転校生のせいで風紀が受け持つ問題が目に見えて増えた。
委員長は会長に言われて俺の「可能性」に期待しているようで、他の委員の何倍もの仕事を寄越して来る。
最近は隈が取れない。
転校生たちは周りの歓声なんて気にもせず、階段の上にある役員専用フロアへと向かっていく。
しかし、なぜか転校生が急に立ち止まった。
なんだと不思議に思ったところで、携帯電話の振動に気が付く。
「はーい」
それに名前の確認もしないで取る。
『橘だけど』
「橘さん!? なんですか、また仕事っすか?」
電話は風紀委員長からだった。委員長は爽やかでわりと平凡な容姿の人だ。しかし平凡なのは容姿だけで、俺は委員長ほど変な人に出会ったことが無い。
俺から『橘』とでたことで向かいに座ったミキちゃんが不安げに俺を見て来たので、大丈夫という合図を送る。
『食堂に転校生たち来たでしょ』
「すごい騒ぎですよ」
『うん。今そこに恭弥君しか風紀いないから、転校生のこと止めてね』
「え!」
実は転校生が厄介なのは、他の生徒からの嫌がらせではなく、彼自身の手の早さが原因だった。
はじめの頃は親衛隊達が転校生に嫌がらせをして、それを転校生が返り討ちにする――という構図が多かったが、最近は転校生の防衛本能が育ちすぎてしまったのか、少しの火種が大きな爆発を引き起こすようになった。
『どうしたのできないのできないなら俺が行ってあげようかでもちゃんとあとでお礼してもらうから』
「いえ! なんとかします! では!」
危険な気配を感じ、早々に電話を切る。
委員長の『お礼』はとにかくキツい。入りたての頃に軽い気持ちで助けてもらったときは、「ただなんとなく」という理由だけでデッサンモデルを頼まれた。しかも裸の。
俺は半べそをかきながら一日中先輩の部屋であれをぶらぶらさせながら部屋をぶらぶらしていた。
ちなみに、先輩の描いた絵は素晴らしく抽象的なもので、俺がモデルになる必要は誰の目から見ても無かった。
恥ずかしくて誰にも言ってないけど。
入りたての頃の俺はとにかく本当に使えなくて、委員長の手を借りざるを得ない状況に陥ることが多かった。
その度に色々なことをさせられたりされたり――
(思い出さないようにしよう……)
俺は頭から委員長と淀んだ思い出を追い出し、転入生に意識を向けた。
どうやら転校生は1階で食べている一般生徒の中に知り合いを見つけたようだ。
しかしどうも様子がおかしい。
俺が委員長との思い出にひたっている間に、なぜかすっかり歓声も怒声も止んでいる。
これが普通に止んでいるのならその方が良いが、転校生、その他役員と人気者たちの表情が険しい。転校生に関しては顔の半分がださい眼鏡ともさもさヘアに阻まれて見えないから、彼の雰囲気だけが頼りだけど。
「……恭ちゃんがもだえてる時、転校生がよそ見して歩いてテーブルにぶつかっちゃって、その拍子にあの睨まれてるこの水が転校生にかかっちゃったんだよ」
ミキちゃんが小さな声で教えてくれた。
「言いがかりじゃねえか……」
今にも殴り掛かりそうな転校生とその他人気者たち。面倒くさいが転校生が手を出す前に止めなければならない。
俺はどこまでもうんざりしながら立ち上がった。
「ミキちゃん、ちょっとお仕事して来るから、カツ丼来たら食ってて」
「おっけー」
のこのことあえていつもの怠そうな調子を出して転校生一行に近づく。
俺に気付いた周りの生徒がざわつく。所々「会長」という単語が聞こえる。それに合わせて「え? あいつが?」とかぶさって、また嫌な方向に認知度が上がっちまったとため息が出た。
「どうもー風紀でーす」
転校生に近づき、にこりと笑う。
「あ? お前誰だよ」
転校生との初接触。転校生に伸された被害者とか資料を通して毎日のように会っているけど。
しかし、今回も俺の笑顔は成功とは言えなかったようで、転校生は剣呑な表情をさらに険しくした。
「風紀委員ですよ」
「風紀が何の」
「何の用だよ!」
転校生が、一歩前に歩み出て口を開いた副会長の声を何のためらいもなしに遮った。
途中で口を閉じる副会長がちょっとかっこ悪い。いつもは氷の男なんてクールで知られているのに。
「もめてそうな雰囲気だったから来ました」
「だってこいつ水掛たんだもんよ!」
「いやあ、この子手出してませんでしたよ。まあ、そんなピリピリせずご飯にしたらどうで――」
「あ。お前、綾音に付きまとってるやつか?」
「あやね?」
最後まで言わせてもらえない上に質問返しの攻撃にあってしまった。その上よくわからない。
「だめじゃねえか! 嫌がってるやつにつきまとっちゃ!」
そんな転校生の叫びとともに鈍い音と鋭い痛みが頬に走った。衝撃に体がぐらつく。そして少しあとに訪れる鉄さびの味。
よくわからないうちに殴られたみたいだ。
「……あんたもダメじゃん。急に人のこと殴っちゃ」
「じゃあもう綾音に近づかないって誓うかよ!」
「あやねって誰だよ……つうかじゃあって言われてももう殴られたあとだし」
頬がじんじんと痛む。もう口の中まで痛い。ついでに段々といらだちが募っていく。
ていうかあやねって誰だ? 知り合いの女の子を思い浮かべてもそんな名前の子はいないし、そもそも中学からこの学校にいるしほとんど女の子に知り合いがいない。
転校生がまだ何か喚いてるのを良いことに、さりげなく転校生と因縁をつけられた生徒の間に割り込む。一応風紀委員だし、この近さで他に被害が及んだら委員長に何されるかわからない。
転校生が喚いている間、転校生の取り巻きたちの様子をこっそりと確認する。
生徒会の役員は大体俺を睨んでいる。軽そうな会計と他の取り巻きたちは少しだけ居心地が悪そうだ。
「あやねは会長だよ」
その居心地の悪そうにしている会計がぽつりと教えてくれる。
あのナルシスト、綾音って言うのか。女みたいだ。
「まあ、今は会長のことなんてどうでもいいじゃないですか。それより――」
また食堂内に鈍い音が響き渡る。またぐらつく。あと、同じ所を殴られて涙が出そうなほど痛い。何、こいつ手を出さなきゃ話せないのか。身振り手振りならぬ殴り蹴りか。畜生、語呂が悪い。
二発も殴られてキレない自分が誇らしかった。いつもなら常備している催涙スプレーを転校生めがけて噴射するが、ここは食堂だしまだ食事中のやつらも山ほどいる。
別に生徒が食いっぱぐれても良いが、食材と料理人さん、さらに農家や漁師さんたちに申し訳が立たない。
「どうでもよくねえよ!」
転校生が叫ぶ。
「何で? つうか場所変えませんか? ここ、食堂だし、周りの人に迷惑が――」
「そうですね。私もそう思いますよ」
ここで気を取り直したのか、副会長がしゃしゃり出て来た。副会長が俺に同意したことが予想外だったのか、転校生が目を丸くして副会長のことを見る。
「ただ、あなたが進藤に近づかないと誓ってくれたらみなさんも私たちも心穏やかに食事が出来ると思うのですが」
いかがでしょう? と副会長が微笑みつつ食堂を見渡すと、静まり返っていた食堂内にそうだそうだの大合唱が起こる。
急に俺が悪者か。なんだ。どうした。風紀委員の職務を全うしたかっただけなんだけど。びっくりだ。
けど、あいにく突っかかられるとそれだけ反抗したくなる性格だ。
面倒くさいしうっとうしいことばかりが起こるから、早く会長が俺に飽きてくれることを願っていたけど、こうなってしまえばもう面倒臭さだとかうっとうしさとかそんなものどうでも良くなる。
「副会長たちも皆さんも心穏やかに食事できないみたいですよ。俺、会長と離れないし」
そう言って、ありったけの侮蔑を込めて副会長とその隣で俺を睨む転校生に向けてにやりと笑った。
副会長の顔が歪む。
「なん――」
「てか転校生もあんなださいのに役員様たちといてほしくないよね」
「うん、釣り合わない」
副会長が口を開くと、どこからか声がした。きっとただの内緒話だったが、タイミング悪くこちらの耳にも届いた。
「誰だよ! 今言ったやつ!」
転校生もその例外ではなく、もさもさヘアに隠れたその耳で声をキャッチしたようだ。
「転校生『も』って俺をこいつと一緒にすんなよ! 俺は誰にも付きまとってないし、どっから見ても男のこいつより綾音に釣り合う!」
転校生はまた叫んで、毛と眼鏡を取った。
その瞬間静まり返る食堂内。
転校生は美しいブロンドと、まるで天使のような美しい顔をした少年だった。けど、すっかりこの学校に染められている周りと違い――いや染められてはいるが――可愛い「男」に興味がない俺には転校生の本当の容姿などどうでも良かった。
輝きを放つ転校生よりも殴られた頬の方がはるかに大きく存在感を示している。
「釣り合う釣り合わないはおいといて、とにかくここから出ま――」
「うるせえ!」
「ぅぐっ――」
今度は蹴りが飛んで来る。
拳とは違って、衝撃を受けきれず、後ろのテーブルに腰を打ち付けた。
もろに蹴りを腹に受けて、さっき食べたものが逆流しそうになるが、なんとか堪える。
それにしても、どうしたらこの場を上手く切り抜けられるのだろうか。転校生がこんなに話の通じない相手だとは思わなかった。やはり百聞は一見にしかずって本当だ。この場合学びたくはなかったけど。
「やっぱ恭弥君はまだまだ俺の助けが必要なんじゃん」
どうしようかと思っていたら、横から抑揚の無い一本調子の声がした。
「橘……」
「蓮!」
副会長が忌々しく呻き、転校生が明るい声を上げる。
おそるおそる横を見ると、見た目だけは爽やかな委員長が、入り口から食堂の中央、俺たちのいるところに向かって歩いて来ていた。
「橘さん……」
「恭弥君血出てる。つうかもう腫れて来てるし。どうせ話し合いで解決しようとしたんだと思うけどさ、恭弥君」
委員長がまったく表情を変えずびしっと俺に人差し指を突きつけ言った。
「魚には感情が無いんだよ」
「は?」
委員長はわけのわからない言葉を放ち、転校生の腕一つにまとめ、片手で掴んだ。
「蓮! いきなり何すんだよ! って、え?」
転校生が固定された腕を外そうともがくが、委員長から抜け出せないのに驚いたのか、大きく目を見開く。
「橘、離しなさい」
「なんもしないって。副ちゃんも付いて来てよ」
委員長はそう言って喚く転校生を連れて階段を上っていった。
虚を突かれていた取り巻きたちがあわててそのあとを追う。
嵐が去った。
頬が痛い。腹が痛い。
「恭ちゃん、帰ろー」
痛む腹を抑えて振り向くと、俺と同じように腹を抑えたミキちゃんが青い顔をして俺の頬を見ている。
「食い過ぎた」
「……そうかよ」
俺の心配をしてくれていたのではないミキちゃんに一気に脱力し、さっき腰を打ち付けたテーブルについている少年にひと言詫びて、多数の視線を感じながらミキちゃんと食堂を出た。
ちなみに、次の日から転校生は天使のままの姿で登校することにしたようで、あれほど非難轟々騒いでいた親衛隊のやつらは転校生の美しさに心を奪われ、転校生の言動に文句を言うものはいなくなった。
結局顔か。最悪。