風紀委員長襲来
「恭弥君、お礼してほしいんだけど」
いつものように会長と風紀室の奥の部屋で仕事をしていると、これまたいつもみたいに無表情な委員長がふらっと室内に入って来た。
「……今回は何ですか?」
会長がいたので聞くのは憚られたが、二人きりの所で尋ねるよりも、きっとまともなことを言って来るだろう。委員長だって人の子だ。恥というものを持ち合わせているにちがいない。
「父さんから試してほしいって試作品が送られて来たから。『わくわく★SMセット~ハードにきめて~』ってやつ。だから、また協力してよ」
委員長には恥が無かった。
「また?」
俺が口を開くより早く、会長が怪訝な声を上げる。
「恭弥君にはいつもお世話になってるんだ。でも安心して、突っ込んでないから。道具以外」
「橘さん何言ってんですか!」
「事実」
顔に熱が集まっている。熱い。
会長を見ると、驚きに目を見開き俺を凝視していた。
「そんな目で見んな!」
「色んな噂があっても進藤はノンケだから。びっくりするよね」
委員長が俺がいる窓の近くの机の隣から座布団を一枚手に取り、会長の横に腰を下ろした。
「先輩ノンケなんですか! 俺バイかなんかだと思ってました」
意外な会長の性癖。世間一般からすると意外でもなんでもないが、親衛隊を夜な夜な部屋に連れ込んでいたしてるという噂もあるので、男もいける人だと思っていた。
ということは会長の言う「好き」の意味について悩む必要なんて無かったってことだ。
良かった、俺、会長と普通の友情築けそう。
……会長が俺にひいてなければ。
「いや、うん? っていうか、え? 木戸SMいけんの? てかお前こそノンケじゃねえの? え? 何?」
すっかり混乱している会長を見るのは初めてで、目をまん丸くして頭にたくさんのはてなを浮かべている会長は少しだけ可愛い。
「SM好きじゃないけど、俺、男も大丈夫ですよ」
正直に告白したら、会長がさらに目を大きく見開いた。
目玉がこぼれ落ちそうだ。
「お前ら、付き合ってんのか?」
「付き合ってるわけ無いでしょう!」
「予定」
「は?」
委員長の言葉に、俺と会長の声が重なる。
「俺、恭弥君とつき合う予定あるよ」
「つき合う。ああ、突っつく方のかなんだよお前いつもわかりにくいなあ、つんつんし合うのは確かに楽しいよな俺したことねえけどしかしもうちょっとみんなにわかるように話せよそういうとこ嫌いじゃねえけど短所だと思うぞ俺は、ははは」
「進藤何焦ってんの。俺、そういう意味で言ったんじゃないし。恭弥君」
「はい?」
委員長は上目遣いで、椅子に座っている俺を見上げた。
平凡ながらもサッカーでもやっていそうな爽やかな風が吹く委員長の、何を考えているのか全く見当もつかない目に吸い込まれそうになる。
綺麗なものと不思議なものって同じような魅力があるか、時として不思議なものの方がより人の心を動かす力を持っていることがある。
委員長自身がそんな不思議な魅力をもった人だ。
だから、思わず息をのむ。
「夜、実験するから。迎えにいくから部屋にいてよ」
「え、俺」
「この前食堂で助けに入ってから何日間か転校生に付きまとわれて苦労した」
「……」
俺は困った。うなずくわけにはいかないけど逆らうこともできない。
委員長にはどうやっても逆らえないことを知ってるから、『わくわく★SMセット~ハードにきめて~』の実験台になるのは決定だとしても、それを他の人に知られたくはない。
視界の外れで会長の視線も感じるし、ここで頷いたら会長にあとで俺が『わくわく★SMセット~ハードにきめて~』の餌食になるって知られてしまう。
「あ、委員長!」
「何」
「校舎裏に怪しい影が」
「いないよ。何? どうして返事できないの? いつもは二つ返事で肯定するのに」
「いや、二つ返事っていうのは……あの、ちょっと記憶に無いです、け、ど……」
俺がなんとかごまかす算段を頭の中で取っていると、神の恵みとでも言うべきタイミングで会長の電話が震えた。
「あ、進藤電話振動してるよ。あ」
委員長はそう言うと、みるみるうちに顔を赤くし、うつむいてしまった。
『わくわく★SMセット~ハードにきめて~』を堂々と言えて、駄洒落で恥ずかしがるのかよ! なんなんだ委員長!
でも俺はこれを好機と見て、荷物を引っ掴んで部屋を飛び出した。
後ろで会長が何か叫ぶ声が聞こえたが、幻聴ということで片付けた。
走っている最中にふと何かを忘れている気がしたが、思い出してはダメだとの脳からの指令を受けて、何も考えずに走って走ってミキちゃんの部屋へと逃げ込むことにする。
委員長が『俺、恭弥君とつき合う予定あるよ』と言ったことは、夜にミキちゃんの部屋に襲来して来た委員長と対峙した時に思い出してしまった。