早寝記録

会計くん2

 朝一で生徒会室に向かう。
 俺の走る硬質な靴音が朝の光にさらされた廊下に響き、なんとも言えない高揚感に包まれる。
 寝ていないから、気分がハイになっているのだろうか。
 昨日会長と風紀の子――恭弥くんと言うことがわかった――に夕飯をお呼ばれして、結局日付が変わり恭弥くんが帰るまで居座った。
 会長ははじめは自分の部屋なのにひどく落ち着きなく居づらそうにしていたが、途中から俺がいることに慣れたのか、リラックスしているように見えた。
 会長とちゃんと話をしたのは初めてだったな、と思い、思わず笑みが漏れる。
 一人で笑ってしまったが、周りに人が居ないし、中身も外見もチャラいと専らの評判である俺が一人で笑っていた所で不思議がる人はいないだろう。

 いつもは重たい気持ちで入る生徒会室に、今日は晴れやかな気持ちで入室する。

「かいちょー。作って来たよ、資料」
「ああ、どうも」

 ああ、どうもは会長が資料を受け取るときの口癖だ。どんなに遅れてもお礼を欠かさず言ってくれるから、俺は前から会長は悪いやつではないと思っていた。
 恐かったけど。

「これ、明日まで」

 そう言われて渡されたのは、1センチは超えているであろう紙。
 うんざりしながら何となしにめくると、書いてある文字に違和感を覚えた。だって――

「これ、副会長のじゃないの?」
「書記の方やるか?」
「はあ?」

 そう言われて気付いたが、俺に資料を渡した会長が座った席は書記の席だ。
 そこのパソコンに何やら入力している。
 覗き込むと、先日行われた俺が出るはずだった部活動予算会議という文字が出力されている。

 言う言葉もない。

「会計の代わりに会議に出て書記の代わりにまとめてる」
「……ごめん」
「これから馬車馬の如く働いてもらうから」

 そういう会長の眉間にいつもの皺はない。
 不謹慎にも、そのことに嬉しくなって、俺は彼の隣にある自分の席に腰を下ろした。

「何、仕事すんの?」
「いやあ、寝てないからさ、ちょっと寝てからするよ」
「あ、そう」

 じゃあなんでいるんだよ早く行けよ、という目でみられるが、それに気付かない振りをして、会長に聞いてみる。
 答えが返って来るかはわからないが、昨日俺的には仲良くなれた気がするし、怒られることはないだろうと高をくくる。

「会長さー」
「なんだよ」
「恭弥くんのこと好きだよねー」
「だから何だよ」
「わあ、あっさり認めるんだ」
「じゃないと手出すだろ。常磐節操ないし。前木戸みたいなのと付き合ってたし」
「結構タイプだから」

 普通に話していたが、内心では盛大に驚いていた。
 何にって、だって絶対にしらばっくれると思っていたから。

「けど恭弥くん無防備すぎ。会長のこと意識してんのかな」
「してねえよ。そういう方向に持ってってるし」
「なんで?」
「友達の方が近いから。……木戸が俺のこと好きだったらそれはそれで考えようと思って、ちょいちょいつついてみてるけどそれはなさそうだし」

 近い? どういう意味だ? 関係性ってことか。けど、関係性で言うと恋人の方が近くないか?

「近いって?」
「恋はいつか終わるだろ。途中で死なない限り」

 終わらない恋もあるよぉーなんて、俺のキャラだったらこういうことを言うのがセオリーだけど、特に反論もない。まだ威張れるほど生きていないけど、現実世界で終わらない恋を見たことがないから。
 ただ、友情が一生もんだとは今の俺には思えない。小学生のときにいつも一緒に遊んでたやつだって距離が離れたら自然と関係も薄れていったし、中学のときに心を許したやつとは女関係で疎遠になった。
 人との関係なんて所詮は自分に都合がいいか悪いかだけで決まる。
 自分にとって都合がいい人間を「良い人」と呼び、悪いやつを「悪い人」と呼ぶ。
 それに人は変わってしまうものだから、恋人より友情が近いなんてことはない。
 どっちも同じだけ遠いのだ。

 反論なんてないくせに、しっかり反論が出来上がってしまった。でも、反駁する必要性は見いだせないので何も言わない。

 言うべきことと言わない方がいいことの取捨選択は必要だ。
 その点で皆取は正直すぎた。

「恭弥くんのどこが好きなの?」

 会長は、ここに来てキーボードを叩く手を止めた。そして視線を窓に移す。何かを思い出しているのか、愉快げに目を細めた。

「つまんないやつって言われた」
「はあ?」
「昼休みかな。寮から校舎に向かってたとき、木から会長って単語が聞こえてきたんだよ。まあ、木に隠れて見えなかった木戸とその友達だったんだけど。で、盗み聞きしてたらさ、木戸が『会長はつまんないやつっぽいじゃん』とかそんなこと言ったんだ。だから、こんなにかっこよくて素晴らしい俺をつまんないなんて言うやつはどんだけ面白いんだろうって思って」
「そこで好きになったの?」
「いや、違う。そのあと木戸の思考回路とか性格とか知りたいなって思って、付きまとったり考えを聞き出したりしてたんだけどさ。木戸って基本そっけないんだよ。だから嫌われてんのかなって思ってたんだけど、俺のこと嫌いかって聞いたら、嫌いじゃないですって。そこかな」
「へえ」
「一緒にいたら楽しいし、落ち着くし。たまにびっくりして飽きなくていい」
「びっくり?」
「大声で演説っぽいの始めたり、ふつうに俺バイだけどって告白したり」
「バイなんだ」

 よくしゃべるなあと思いつつ相槌を打ち、昨日の木戸を思い出す。
 彼に愛想笑いという選択肢はないようで、皆取とはまた違った意味で正直に生きている気がした。
 俺は女の子だったら美人で女らしい人が好きだけど、男の子だったら女みたいな子よりも少年って感じの子が好きだ。
 だから木戸は好み――と、俺の好みなんて今は関係なかった。

「けど、好きだったらいろいろしたくなるんじゃないの? 友達でいいの?」
「いいよ。つうか知らねえの? 常盤、年中恋してるって噂なのに」
「何をだよ」
「恋の何たるか。まあ、教えねえけど」
「なんだよそれー」

 会長は意地悪く笑い、パソコンに向かいなおると、資料を見ながらキーボードに文字を打ち込み始めた。
 この話はここで終わりということなのだろう。

 一呼吸置いたら、忘れていた睡魔が怒涛の勢いで襲ってきた。

「俺一回部屋帰って寝るわー」

 さっき渡された資料を持って立ち上がり、カタカタとものすごい速さでキーボードを打つ会長に背を向けてドアへと向かう。
 キーを打つ速さに申し訳なさを感じる。俺たちがちゃんと自分の仕事をこなしていたときは、会長が一番遅かったのに。

 ひと眠りしたらちゃんとやろうと心に決めて、ドアノブに手をかけたところで会長に呼ばれた。

「なに?」

 抑えきれないあくびとともに振り向くと、会長はキーボードを打ちながら口元に笑みを浮かべていた。

「この話、お前にしかしてねえから。とくに木戸には知られるなよ」
「信用して」

 そうやってゆるく笑うと、会長が「そんなんだからうさんくさいんだよ」と、至極もっともなことを言った。