早寝記録

受難会議

 風紀委員会には人手が足りない。
 でもこれは委員長の意向で、団結力を出すことと不穏分子が出現するのを防ぐのが目的らしい。
 なんでも、一代前の時に大変なことが起こったとか何とか。
 俺はそのとき中学生だったから知らないけど、あの橘さんの顔がわかりやすく曇るくらいだから、本当にすごいことが起こったのだろうと予測している。
 それにしても人数が足りなさすぎる。委員長は少数精鋭とかかっこいいことをいっているけど、俺は精でも鋭でもない。
 元々空手部に入っていたが、別に成績がいいわけでもなく、一般人には勝てるけど……くらいの強さだ。それに参謀になれるほどの頭の良さもない。
 そんな俺がどうして風紀に入った――正確に言うと入れられたのだが――かというと、部活は中学までと決めていたことを空手部の顧問が知ったからだ。「お前は物怖じしないし逆ギレするタイプじゃないから風紀に入るように手配しておく」と俺の意志なんかまるで関係なしに勝手に決められてしまった。
 びびるし短気なんだけど――と言ってもお前は自分をしらないだけだ、と言いくるめられて今に至る。
 だから俺は役に立たない。

「俺にはできません」

 ひとり立ち上がってこれでもかというほどまじめな顔をして断固として言う。引いたらだめだ。引いたら貧乏くじを引かされる。
 週に一度、風紀委員会では全体会議が行われる。今日がその会議の日だ。
 そして俺にはいま今世紀最大のピンチが訪れている。

「けど『風紀にお願い目安箱』に入ってたしさ。よし、もっかい読もうか」

 進行役の副委員長――宮田さんが、おっとりと言う。

「そうじゃないです!」
「ええと、『風紀委員の皆さんいつもどうもありがとうございます。本日はあるお願いがあり「風紀にお願い目安箱」を利用させていただくことにしました。
 あるお願いとは、六月に転入してきた一年S組の皆取くんについてです。
 彼は最近ぼくたちの目から見てもとても落ち着いてきたように思います。
 少なくとも、勘違いで暴力をふるわれることはなくなりました。
 ぼくら皆取被害者の会の会員としてはあと一押し、何かが必要だと思うのです。
 そこで、図々しいお願いだと言うことは百も承知しておりますが、どうか皆取くんにあと一歩の矯正をお願いできないでしょうか。』以下略、と」
「だからってなんで俺なんですか。俺人を不快にさせるのが得意らしいし、俺よりも宮田さんの方が向いてると思います。俺、宮田さんのぶんまで見回りします」
「俺こそ恭弥のやってる仕事できるし、大丈夫だよ。何ごとも経験経験」
「て……転校生を関わるくらいなら俺、風紀辞めます。安心してください、俺より適任な子連れてきますから」
「勝手に辞められると思ってるの?」

 委員長の一言に愕然とする。
 いつもの無表情な委員長の横で宮田さんが嬉しそうにほほえんだ。

「恭弥は空手部の顧問の先生からのプレゼントだと思ってるんだ。俺たち」
「俺は物じゃないです」
「うん。人のプレゼントなんて豪華だよね。俺たちは幸せ者だ」
「俺は不幸者です」
「自慢していいよ。不幸自慢。だからよろしく」
「いやです! 絶対いやです!」

 今まで冷静にがんばってきたって言うのに、やばい。泣きそうだ。
 転校生が大人しくなったことでせっかく目の下の隈も取れて体調もよくなって心労も減ったのに。書類の中だけで俺を憔悴させた転校生と面と向かって対峙するなんて考えられない。
 しかも更生ってことは絶対一日じゃ終わんないし。
 あいつの俺を見る目が怖いんだ。敵意むき出しで、すぐに殴られそうで。
 食堂じゃなかったら催涙スプレーだって使えるし、俺も反撃できるけど、自慢じゃないが俺は弱い。
 一般生徒には勝てるが、ちょっとでも武道とか格闘技をかじっているやつ相手だと真っ向勝負では勝てない。
 書類と被害者を見る限り転校生は強いから無理だ。俺じゃあ手に負えない。
 会長、俺一日中あんたのこと褒め称えていいから、会長の権力でなんとかしてくれよ、といもしない会長に縋り付く。

「木戸、涙目だぞ」
「うるさい。省吾もなんか言ってよ」
「がんばれ」
「がんばれないって、俺!」

 同じ一年の省吾の腕をとる。見た感じと態度は立派に不良だが、人がいいからこいつこそ押せばなんとかなるかもしれない。

「委員長! 俺は省吾が適任だと思います! 強いし、良いやつだし、顔も美人さんですし、転校生も気に入るって!」
「はあ!? 何言ってんだよばかかお前ぶん殴るぞ!」
「殴れよ! 何週間か入院するくらい殴ってくれよ!」
「そこまでやりたくないのか」
「当たり前だろ!」

 いくら落ち着いたなんて話を聞いてもあいつは俺の敵だ。めんどうくさい。そもそも絶対に合うタイプじゃない。話が通じる気がしない。拳で通じ合える気もしない。

「うーん……」

 俺が涙目になりながら泣くのをこらえていると、委員長がはじめて思案するそぶりを見せた。

「でもなあ……一年がいいんだけど……。省吾は外せないし、ほかは二年しかいないし……。あ、そうだ、宮田君も一緒にやってよ」
「うふふ、やーだ」

 宮田さんが気持ち悪く笑って拒絶する。

「ね、恭弥君、宮田君がいれば心強いよね」
「心、強いですけど、俺……」
「嫌とか嫌じゃないとか言ってるけど、仕事だよ。……俺がやってもいいけど、今忙しいし」
「……知ってます」
「橘って俺の意志完全無視だよね」

 宮田さんが諦めたように笑う。

「信用してるんだよ」

 いつもより暖かな委員長の声色に、宮田さんがため息をつきながらも少しだけ嬉しそうに頷いた。

「しょうがないか」

 いやいやいやいや。なんかいい感じに青春っぽくなってるうえに、委員のみんなもほんわかしているようだけど解決してないから。
 俺、承諾してないし、ていうか暴力なくなったんなら風紀が動かなくてもいいじゃねえか。生徒会と仲いいんだからそっちにお願いしろよ。あほか。ばかか。
 俺がぐるぐる考えていると、隣の省吾が顔を寄せてみんなに聞こえない様にささやいてくる。

「やるしかなさそうだな」

 しかも、そのあとに時間ができたら俺も手伝うから、なんて気を遣われちゃったら、もうわがままなんて言えなくなる。
 省吾もみんなも今の時期忙しいことは知ってるし、俺は力ではみんなより役に立たないから、適任かはおいといて動けるのは俺しかいない。
 俺は絶望しながらおとなしく席にすわり、机にデコを押しつけた。
 委員長は「ごめんね」と謝って俺のそばまで来ると、一度だけくしゃりと頭をなでて部屋から出て行った。
 委員長に続いてほかの委員たちが続々と出て行く。
 みんな忙しい。俺だってやることがある。

「省吾も行けよ」
「……なんかかわいそうで」
「そう思うんならいけよ。しばらく一人で絶望感じてるから」

 顔を上げないまま優しい省吾をぐいぐい押して出て行くように促すと、省吾はためらいながらも部屋から出て行った。
 しばらく心を無にして時間が過ぎて落ち着くのを待つ。
 すると、誰もいないと思っていたのに、突然頭に手が置かれる感触がした。
 ふと顔を上げると、宮田さんがゆるく笑みを浮かべて立っている。

「宮田さん……なんかすいません。いそがしいのに」
「いいよ。気持ちわかるし。恭弥は転校生関連の処理してるし嫌悪感もひとしおでしょ。殴られてるしね」
「……転校生って本当に落ち着いたんですか」
「恭弥を殴ったときよりは」
「なんで落ち着いたのかな……。俺、殴られ損ですよね」

 そのときのことを思い出し、佐伯君の礼も霞む。
 俺が遠い目をして外を見やると、視界の隅で宮田さんが驚くのがわかった。
 不思議に思い宮田さんに目を移す。

「恭弥、知らないの?」
「何をですか」
「進藤が転校生に突撃したんだよ。転校生は進藤に惚れてるらしいから、それで大人しくなったんだって」
「進藤? 会長か……。あの人も役に立つことあるんすねえ」

 俺の気のない返事に、宮田さんはさらに驚いた顔になる。

「恭弥がやられてキレたんでしょ」
「……んなわけないじゃないっすか。生徒会の不祥事だからでしょ。あの場に何人もいたんだし」

 それに、怪我したとこ嬉しそうにつついてきたし、「大丈夫?」の一言もなかった。今まで心配してくれたのなんて佐伯君だけだ。ミキちゃんは相変わらず妄想に忙しいし。まあ、あれから転校生に関しての妄想は口に出さなくなったけど。クラスの奴らだってにやにやと派手にやられたなあと笑うだけで、風紀の仲間に至ってはだらしないと怒られる始末だ。

「付き合ってるんじゃないの?」
「俺と会長? 付き合ってないです」
「へえ、そうなんだ」
「ええ、そうですよ」

 この学校の奴らは男同士と言うことなんて気にもせず普通に聞いてくる。俺も聞くけど。

「宮田さん、もう大丈夫です。持ち場についてください。わがまま言いません。けど、手が空いたときは手伝ってくれたら嬉しいです」
「うん、手伝うよ」

 そう言って宮田さんは、委員長と同じように俺の頭をくしゃりとかき混ぜてから出て行った。

 会長が転校生を少し変えたんだから、あとでどうすればいいか相談してみよう。
 すぐに調子に乗る会長に相談するのは癪に障るが、背に腹はかえられない。
 手伝って、と言えば手伝ってくれるという変な確信みたいなものはあるが、そこまでは頼まない。

 あと、さりげなくなんでキレたか真意を聞いてみよう。別に、期待してる訳じゃないけど。
 やはり、転校生関連の処理をしていた身としては、あの暴れん坊がどうやって落ち着いたか気になるし。
 だから、別に俺のために会長がキレたかそうでないかは関係なくて、でも、まあ、会長が何を思って転校生に突撃したかを聞くのも風紀の仕事の一環であるからして――

 ごつんと机にでこをぶつける。
 ばかばかしいってば、と自分を叱咤、変な妄想にいそしむ脳をシャットアウトする。

 こんなこと考えてしまうのも全部転校生のせいだ。
 だからきちんと計画を立てて、ちゃっちゃと終わらせてその後は決して転校生に近づかないようにしようと決心をした。