早寝記録

決意と失意

「本当にいいの? 今日は俺ついて行けないよ」
「はい。大丈夫です」
「何も昨日の今日で行かなくても良いんじゃないの? 作戦練ってからにしようよ」
「そうだぞ木戸、無理すんなって」
「いや、昨日の俺はわがままでした。言い訳しかしなかったし。俺行きます。思い立ったら吉日ってあるじゃないですか。それが今です!」

 そう宣言して転校生は生徒会室ですかね? と委員長に問うと、俺が引かないということがわかったのか「そういう情報が入ってるよ」と教えてくれた。

「木戸……」
「恭弥……」

 心配そうに省吾と宮田さんに名を呼ばれ、フルネームが完成した。

「大丈夫ですって。俺、これでも風紀だし、生徒会室でならためらわず催涙スプレー噴射できるし。耳栓も用意しました」
「いや、でもやっぱり今日は」
「大丈夫です」
 風紀室のドアで押し問答していると、学生鞄を肩にかけた会長が現れた。
「何してんの?」
「あんたこそなんでいるんですか。俺、今日はやることがあるから来ないでくださいって言いました」

 昨日、会長の部屋のトイレに閉じこもって精神を落ち着けて戻ってみると、会長が俺の分のオムライスもきっちり食べ終わっていて、なんと台所に立って食器を洗っていた。
 きっと、会長ほど食器洗いが似合わない人はこの世に存在しないだろう。
 そのあとにじっくり話し合い、渋々ではあったが会長は自分でやると言って聞かない俺の意志を受け入れた。

「転校生のとこに行くんだろ」

 その言葉ですべてを悟る。
 こいつは昨日受け入れるふりをしていただけだったんだ。
 昨日俺をいさめて何食わぬ顔をしてここに来る。
 それで、委員長にさりげなく掛け合うつもりだった。
 してやられた。
「ひとりで行きます」
「生徒会室にいるらしいから一緒にいってやるよ。つうか俺がやってやるつもりで来たし」
「いらないです」
「じゃあ進藤にお願いしようかな」

 俺と会長のやりとりを見ていた委員長が案の定口を開く。

「つうかあんだけ怪我した木戸を行かせるとか橘何考えてんの?」
「効率」
「ちょっと会長やめてくださいよ! 昨日言ったじゃないですか何勝手に来てるんですか嘘つき」
「ああ、俺嘘つきなんだよ。知らなかった? それでよ、橘」

 眉間にしわを寄せて委員長を見る会長の口にびたんと手をやる。
 けど、会長は俺の手をいとも簡単に外し、逆に俺を後ろから羽交い締めにして口をふさいできた。
 会長は存外力が強く、背中が会長の胸から腹にかけてぴったりとくっつく。
 背中に会長の鼓動を感じ、恥ずかしくなりもがくが、さらに強い力で押し付けられた。

「風紀でやる必要ないだろ。はじめっからこっちに持ってきてくれたらそれで良かったのによ」
「生徒会がふがいないから。それに『風紀にお願い目安箱』に入ってたし。しかも生徒会に持って行ってもやるのは進藤でしょ。他は金魚のフンに成り下がってるし」
「まあ、そうだけどさ。けど木戸が一ヶ月かかるところ俺なら三日あれば出来る気がするし、今考えたら転校生が落ち着いたらばか役員どももちゃんと仕事し出すかもしれねえし。だったら俺の得にもなる」

 会長の言葉に宮田さんや委員長、省吾はほっとしたように賛成するが、俺にとってはそれはなんとしても避けたかった。
 理由はわからない。いや、わかってる。昨日部屋に戻ってベッドの中で一人反省会をしている時に答えを導き出した。
 どうしてかというと、転校生が会長に惚れてるから。
あれだけ可愛くて性格まで直っちゃったら会長といえど落ちてしまう。それはいやだ。
 俺は風紀室でいっしょに仕事をしたり、映写室で昼を食ったり、夜にご飯を食べたりするのが嫌いじゃない。
 なくなったら少しだけだけど寂しさを感じるだろう。

 だから、俺は不自由な頭をぶんぶんと左右に振った。
 気が付いた会長が上から俺をのぞき込む。

「なんだよ木戸。意地張ってねえで頼めばいいだろ。俺ならできる」
「んんんん!」

 ふさがれていて声が出ないが、「だめです」と心の声を飛ばす。

「なんでだよ。やってやるって」
「ふんんんっん!」
「恭弥くんやってもらえばいいじゃん。俺だって好きで風紀で扱うわけじゃないし。本来ならだめだけど、会長自身が自分でやるって来たんだから。生徒会に移譲できるならそっちの方がいいよ」

 委員長の言葉につまる。委員長には逆らえないし、言ってることはもっともだし、昨日に引き続いて俺が駄々こねてるみたいになってるし、実際こねてるし。
 つうかなんだよ。意味わかんねえ。俺、なんでこんなに焦ってんの。
 転校生と会長を近づけたくないから? 俺、会長のこと好きなのかよ。まさか。だってもしそうだとしたら不毛な恋すぎるだろ。ノンケ相手の恋なんて一生したくない。ということで俺は会長なんて好きじゃない。

 少しだけ動く肘で会長を小突くと、意外と簡単に離してくれた。

「俺も連れてってください。見てるだけでいいから」

 そう言うと、会長は少しだけ思案するそぶりを見せ、「だめ」と一言で拒絶した。

「どうして――」
「省吾」

 俺が食い下がろうとしたとき、委員長が省吾を促し、俺は省吾に引っ張られて風紀室の奥の部屋へと連れられていく。

「いつもは良い子なのに」

 委員長のあきれたようなため息と宮田さんの苦笑を背中に受け、俺はすごすごと奥の部屋に入った。恥ずかしい。今日もまた取り乱してしまった。

「どうしたんだよ、いったいさあ」

 省吾が机から書類を取り、それを俺に押しつけて自分はいすに座りパソコンに向かった。学内の所々につけてあるカメラで不審な動きをチェックするのだろう。
 気落ちしながら渡された書類をめくる。生徒から寄せられた学内の不穏な動きや不自然だと思うことが書かれた紙だ。これを元にして一週間の予定を組むのだ。これも、俺のやることの一つ。

「別に、昨日俺わがまま言っちゃったから、ちゃんとやろうとしただけ」

 まさか、会長が転校生に近づくのが嫌なんだよ、なんて言えず嘘をつく。でも、少しは省吾に言った考えもあるから、すべてが嘘というわけではない。

「けど会長がやってくれるならそれはそれで良いじゃん。そんな意固地になんなくてもよ」
「それはそうだけど……」
「なんか別の理由でもあんの?」

 何かを思いついたらしい省吾が、いじめっ子のような顔でにやりと意地悪く笑った。

「ないよ」
「へえ」
「ないってば」

 省吾は、かちかちとマウスをクリックして、学内の至る所を見て行っている。
 話題を変えたくて、俺ものぞき込む。

「げ」
「お盛んだなあ」

 まさか監視カメラがついているとは思っていないのだろう。生物準備室でゆらゆらと動く影が見える。

「合意だよな、この様子じゃ」

 省吾が何か操作をして、ズームをかける。
 すると、はっきりばっちりことが見えた。

「しょう、省吾何してんの引いて! カメラ引けって!」
「相変わらずの初心さだな。……その割に凝視してるし」
「あ! このふたり!」

 省吾の話なんて聞かずに叫ぶ。
 だって、この二人は見たことがある。
 会長とご飯食べてるときに戦ってたふたりだ。おもしろいほど悔しがってた方がついに勝ったのか。
 負けた方もなんだか気持ちよさそうにしてるし。

「見過ぎです」

 省吾が画面を切り替える。

「何、事前学習? それとも比較?」
「どういう意味だよ」
「だってついに会長と付き合いだしたんじゃねえの? お前」
「は?」
「さっきだってそんな雰囲気だったし。隠しても無駄だよ」
「ほんとに付き合ってないから」
「とられんのが嫌なら付き合っちまえばいいじゃん」
「ばっかじゃねーの」

 わかったような口をきく省吾にいらだつ。付き合ってないって言っただけで、なんで次の言葉が「とられんのがいやなら」なんだよ。それじゃあ俺が会長のこと好きみたいじゃねえか。なんなんだよ。周りからは俺が会長のことを好きな風に見えてるとでも言うのか。
 そりゃあんな顔してる会長とこんな顔してる平凡な俺とじゃ釣り合わないし、俺が会長に付きまとって優しい会長様が渋々受け入れてくれてるように見えるかもしれないけど。

「会長ノンケなんだよ。しらねえの?」
「関係ないだろ。そんなの」
「関係あるだろうが。思いっきり」
「ん? なんだ、木戸会長好きなのは認めんの」
「認めねえよ。別に好きじゃねえし」
「いや、好きだろ」
「好きじゃないってば! しつこい」

 俺はそう言って机の上に持ってた資料を乱暴に置いた。

「何、どっかいくの?」
「トイレ」
「そっか」
「省吾ここにいんの?」
「今日はね。つうか馬鹿正直に見回るよりここで画面通してやった方が効率良いだろ。疲れないし」
「あ、そう」

 そうして俺はトイレに向かうことにした。風紀室を出るとき、さっきのドアでの押し問答を見ていたらしい委員たちににやにやと笑われるのが腹立たしい。
 またトイレに行って気分を変えよう。

 ああ、なんてトイレはすばらしいんだ。まさに変化の箱じゃないか。
 なんて、これからとんでもないことが起こるなんてつゆ知らず、俺はアホみたいにトイレに思いを馳せていた。