ホワイトソース
「梅雨が明けたって感じだな」
「先輩それすごいです。ぴったりです」
「そうだろ」
俺と会長は、会長の部屋でささやかな祝賀パーティーを開いていた。何がめでたいかというと、転校生が落ち着いたからだ。あと、さりげなくあった期末テストが終わった。
俺がぶん殴った転校生をまかされた会計は、彼の仲間である佐々木と大和と一緒になって皆取に情操教育によいとされる映画や本を読んで聞かせたり、話を聞き出しすべてを受け入れ安心感を与えるカウンセリングっぽいことをしたそうだ。
さらに皆取に嫌がらせをしていた親衛隊たちを説得し、皆取と和解させたらしい。
やれるんなら早くにしろよばか、と罵りたかったが、すでに会長がさんざん文句を言っていたようで、俺の出る幕はなかった。
消化不良だが、まあ結果オーライだ。
皆取が完全に落ち着いた過程は詳しくは知らない。特に知りたくもない。落ち着いたんならそれでいい。というか俺に迷惑がかからなければ何でも良いのだ。
今日は俺にとって面倒が去った祝いで、会長にとっては――
「いやほんとまじでほかの役員が仕事に戻ってきてくれて助かった」
仕事が減った祝いだ。
会長は麦茶をまるでビールでも飲むかのように豪快にあおった。
「麦茶もうめえ」
「良かったっすね、そりゃ」
「ああ。オムライスもすげえうまいし」
会長が卵みたいにとろけるように笑う。今日は本当に機嫌が良い。
しかし俺だって今日は上機嫌だ。会長に言われて作ったホワイトソース仕立てのオムライスはこの前のデミグラスと同じくらいおいしくできたし、会長も気に入ってくれた。
「お前ほんと料理の才能あるんじゃねえの? 卒業したら俺専属のシェフとして雇ってやるよ」
「やっすい舌ですね」
そう言って苦笑する。
だってそうだ。別に高級食材も使ってないし、さっきは自画自賛したが、それはあくまでも高校生の自炊範囲で。学食のや寮の食堂の料理にさえはるか足下にも及ばない。
それに確か会長はいいとこの坊ちゃんだ。舌も肥えてる。そんなやつのシェフになんかなれない。
「けど嬉しいですよ。どうも」
お世辞でも誇張表現でも褒められたら嬉しい。もともと褒められるのは好きだ。褒められることはあまりできないし、ひねくれた性格をしているからそれほど人に褒めてもらった記憶はないけど。
「木戸って社長の息子とか?」
「違いますけど」
「親父何してんの?」
「なんとかって会社の秘書」
「しらねえのかよ!」
「知りません」
「お前長男?」
「末っ子です」
「じゃあいいな」
「何が?」
「シェフ!」
そう言って会長が嬉しそうに笑う。
あまりの子どもっぽさにつっこむ気も起きず、「じゃあ俺の将来も安泰ですね」と言っておいた。
しかし、ここまで持ち上げられたら腕を磨くしかないだろう。
俺は勝手にプレッシャーを感じ勝手に追い詰められるのが好きだ。いや、好きじゃない。
いつもなんとなくそういう方向に動いて行ってしまうだけで。
「これに日本酒でもあれば最高なんだけどな」
会長は満足そうに笑ったあと、俺にとっては聞き捨てならないことをぽつりとつぶやいた。
表情を消して会長を見る。
「なんだよ。洋食に日本酒でも良いじゃねえか」
「そこじゃないですよ。会長」
「なんだよ会長って。よそよそしいな」
「未成年は酒を飲んだらだめなんです」
「かてえな」
「かたくて結構。俺は風紀委員です」
「そうだな」
「あんたは?」
「会長だけど」
「そうです。会長です。人気投票だから渋々なったのかもしれないけど、なったからにはやっぱり生徒の模範となるような人にならなきゃだめじゃないですか」
「……今更じゃね? お前、俺が生徒の模範に見える? 見えねえだろ。俺は立派に校則違反者だ」
会長に言われて改めて会長を見る。
きれいに染められ、緩くパーマがかけられている髪、耳にあいたピアス。今は私服、というか寝間着にもなるジャージ姿だが、いつも学ランのボタンは全開で、指定のカッターシャツを着ているところなんて見たことがない。会長はいつもロックだかパンクだか知らないが、うるさいTシャツを着ている。
「威張って言うことですか」
あきれてため息をつく。とろとろクリームソースと一緒にふわふわ卵を口に運ぶ。美味い。
会長は何を考えているのか、アホみたく口を半分開けて思案している。
「木戸さ」
「なんですか?」
「優等生の格好した俺を想像してみてよ」
「……」
言われたとおり想像してみる。
涼やかな目元にかかる黒髪、清潔感あふれるさらりとしたショートカット。真っ白なシャツがちらりと覗く真っ黒な学ラン。それはもちろん金色のボタンで留められている。会長は背筋が伸びているし足も長く姿勢も良いし――
やばい。
「見た目だけならストライク」
だとしたら会長は今の方が良い。
中身の良さに最近気がついてしまったから、見た目が俺好みになってしまったら俺はたぶん惚れる。
それじゃなくても最近あぶない場面がいくつもあったのに。
会長には惚れたくない。会長はナルシストだし、ノンケだし、何より「ほらやっぱりお前も俺の魅力にかなわなかった!」と胸をはられでもしたら悔しいから。
この時には、前まで感じていた恋愛感情を抱いたらこの関係が終わってしまうという考えはなくなっていた。
ただ、ものすごくからかわれるのと、ものすごくつらい思いをするだろうな、と思うだけだ。
「ほんとにか? 嘘ついてねえな?」
会長がにやにや笑う。
「嘘ついてどうするんですか。俺、見た目硬派な人が好きなんですよ」
「性格は?」
「優しくて格好いい人」
「俺じゃねえか!」
「あと、謙虚な人ですね」
「さらに俺じゃねえか」
「誰が謙虚なんですか」
「俺」
妄言を吐く会長を無視して立ち上がる。
会長はもうすぐ食べ終わるから、オムライスと一緒に作ったトマトのゼリーを取りに行く。
丸いゼリーの上にトマトのへたを置いたし、見た目にも気を遣った。
冷蔵庫には、ちゃんと固まったゼリーがかわいらしくぷるんと二つ並んでいる。
それを両手に持って、リビングへと向かう。
「ほら、食べなさい」
普通に出すのが恥ずかしくていつも偉そうにしてしまうが、会長は気にするそぶりを見せず、「見てろよ」なんて意味のわからない言葉を発し、変態臭い笑みを浮かべた。