早寝記録

1ストライク

 田中ちゃんに解放されて二日ぶりに戻ってきた部屋。
 やはり自分の部屋で寝るのが一番だ、と思い気持ちよく寝ていると、こつん、こつんと規則正しく鳴る音で目が覚めた。携帯で時計を確認すると深夜二時、丑三つ時だ。
 さっきまで風紀の仕事をしていたからまだ三十分も寝ていない。明日は月曜だって言うのに。
 こんなことを考えている間も音は鳴り続ける。
 結構堅い音だ。
 部屋をうろついて音の出所を探すと、音はどうやら窓から聞こえているようだった。

 特に怖いとも感じず、カーテンを開ける。

「……」

 何も見なかったことにして閉める。
 すると、こつんこつんという小さな音がどんどんというやかましい音へと変わった。
 めんどくせえな、と思いながらまたカーテンを開けて今度は窓も開けてやる。

「なんですか。なんでいるんですか。散髪したんすか」

 壁に張り付いていた会長が開けられた窓枠に腰掛け、行儀良く靴を脱いだ。
 「床が汚れないようにして靴置いてよ」といいながら明かりをともす。

「は?」

 明るくなった会長は、黒かった。
 間抜けな顔で自分をみる俺がおかしかったのか、会長は靴を置きながらまるでいたずらが成功した子どものように笑っている。

「どう? 惚れた?」
「深夜二時に来ていきなりそれはないでしょ」
「今戻ってきたしよ。どうせなら木戸に真っ先に見せたいじゃん。俺の地味に格好良くなった姿」

 会長はそう言うと図々しく俺のベッドサイドに腰掛けた。

「落ちるかと思った」

 俺があんたに? と声に出す前に会長が「壁のとっかかりって結構小さいのな」と言って、声に出さなくて良かったと恥ずかしくなった。

 会長を見る。会長のココア色をしたおいしそうだった髪の色はもはや真っ黒で、だけどつややかで、濡れ羽色ってこういうののことを言うのかなと思った。
 さらに緩く当てられたパーマはすっかりその姿を消し、俺より長かった髪は今は短く切られている。サイドも耳にかかるくらいだし、会長なのに優等生みたいだ。
 でも似合う。やっぱり格好良い。
 しかもいつも至る所につけられていた自分を飾るための装飾品も見当たらない。
 でもこの人俺をからかうためだけにこんな風に変えてくるなんて、そんなに俺をからかうのがおもしろいのだろうか。
 自分で自分をからかってみたくなった。

「なあ、木戸」

 黙って突っ立ってる俺を会長が手招く。ここは俺の部屋なのに、会長は簡単に自分の物みたくする。
 俺は少しだけ居心地の悪さを覚えつつも素直に従った。

「すげえ」
「何がですか」
「素直に来た。何? 髪効果?」
「何言ってるんですか。眠いから寝ようと思っただけです」

 バレバレの嘘をつく。目なんてばっちり冴えている。

「ほら、ここ座れよ」

 そう言って会長がぽすぽすと自分の隣を叩いた。

「……俺のベッドなんですけど」
「ケチくせえとケツの穴も小さくなるぞ」
「良いことじゃないですか」
「俺にとって?」
「何言ってるんですか」

 ふうとため息をついてベッドサイドに座る。会長が嬉しそうに俺の顔をのぞき込んでくるのがうざったい。
 無理矢理視界に入れられた会長の姿を目に映す。
 やっぱり憎たらしいくらい整ってる。地味な髪でも格好良い。
 この前まではフェロモンだだもれのエロイ感じだったが、今はさわやかな風が吹いてる感じ。比喩の時代がおかしいが、確かに会長からはさわやかな風を感じる。格好良い。
 この前、優等生の格好をした俺を想像してみろよ、なんて言われて「見た目だけならストライク」なんて軽く言ってしまったが、本当にそうだ。見た目だけならストライク。
 けど、まだ大丈夫。会長は私服だし、この人はボタンを留めるということを知らないから、きっと明日も学ランは全開だろう。
 それにしても、この学校なんで年中学ラン着用なんだよ。学ランは人を三割増しで格好良く見せる。実は中学を卒業するとき、あまりにも家に帰らない俺を見かねた母親が近くの私立に編入させようとしたが、そこはブレザーだったから止めた。ここにはミキちゃんもいるし。
 夏で学ランなんて信じられないと中学に入りたての頃は思ったが、金持ち学校だから学ランも高級だった。金をかければ見た目を変えずに薄くできるのだ。
 ちなみに、夏の色は白か黒かを選べるのだが、黒髪美形の白い学ラン姿は鼻血物だ。

「何考えてんの?」
「先輩のことではないです」
「あ、そう?」
「そうで――って、うぇ!?」

 会長はにやにやしながら俺の手を取り、そのまま立ち上がった。
 いきなり手を握られてビックリする。恥ずかしい。

「何!」
「寝よう」
「はい?」
「眠くて。座ってちゃ寝れねえだろ」

 会長はにいと笑い、あっけにとられる俺の手を離して自分はベッドの中に入り、寝る体制をとる。
 しかもその際にはいていたジーパンを脱いだ。

「か、帰ってくださいよ」
「なんで?」
「ここ一般生徒用フロアだし、俺だってベッドで寝たい」
「いけると思うよ」

 会長が掛け布団をめくり、また手招く。

「ほら、来いって」
「いやだ」
「なんで? 『友達』なら一緒に寝るくらいするだろ」
「……」

 会長にしては珍しく一点の曇りもないような笑顔で言われたから、かえってうさんくさいな、と思ったけれど渋々足を進める。
 会長は近づいてきた俺に満足したらしく、俺が手が届くところまで来たときに、手を伸ばして引っ張った。

「いて!」

 バランスを崩し、会長の胸元めがけて頭から激突する。俺と会長の声が重なった。
 会長は痛がりながらも嬉しそうに笑って俺をベッドに押し込み、素早く電気を消し、掛け布団を掛けた。
 後ろから腹の前に手を回され、抱き込まれている形になってしまい、距離の近さと体勢といろいろなことが恥ずかしくて顔に熱が集中する。
 しかも、あろうことか会長は俺の肩に顎を乗せてきた。顔が近い。
 さらに、会長は俺の胸に手を当てて「心臓すげー」と耳元で笑っている。
 もう俺のライフもHPもMPも気力ゲージもすべて0、瀕死の状態だ。

 これが会長にとっての『友達』の距離なのか。
 俺は会長の持つ友達のとんでも概念に閉口しつつ、まあいいかと目を閉じた。