早寝記録

シット

 特に急ぐ理由もないからゆっくりと準備をしてゆっくりと体育館へと向かう。
 することもない時だってなんだかんだで集会は一時間びっしりやるから、集会が終わる9時半前に行けば良い。
 そう思って適当に朝ご飯を食べて、顔を洗って歯を磨いて学ランに袖を通した。

 残念ながら弁当は作れそうにない。
 面倒くさいし、時間もないし。そもそも起きられなかったのは会長のせいだし。

 携帯だけ持って部屋を出る。
 廊下を歩きながら昨日の夜のことを思い出す。すると自分に腹が立った。
 だって、昨日のアレは絶対に友達の距離じゃない。
 友達は後ろから抱き込んで首に顔を埋めない。しかも、朝までそのままだったし。
 俺も、頭ではわかっていたはずなんだ。友達の距離じゃないなんてことは。
 それなのに「まあいいか」なんて。良くねえよ。何考えてるんだよ自分。

 しかもいつもなら寝るときに起きようと思った時間の五分前には目が覚めるのに今日は起きられなかった。
 今朝と普段の違う所っていったら会長がいるかいないかだけだから、だから今日俺が起きれなかったのは会長のせいだ。
 なんでかはわからないけど、昨日は夢も見ずぐっすり眠れた。しかも寝過ごして睡眠時間もいつもと変わらなかったから、すこぶる調子がいい。けどそれが会長にもたらされたものだとおもうとなんだかやけに苛つく。

 ずんずんと誰もいない廊下を一人歩く。
 寮を出て校舎に入る。無駄に広い学内にまたいらいらする。シンプルイズベストだっけ? ザはいる? わからん。けど、無駄にでかいなら適度に小さい方がいいじゃないか。

 1階の奥にある体育館の扉も無駄に豪華だ。
 扉の向こうでは何が起こっているんだかものすごい騒ぎになっている。
 どうせ生徒会とか顔のいいやつらが登場でもしたんだろう。
 俺が扉を開けて普通に入っていっても、俺に気がついたのは体育館後方で集会に参加していた田中ちゃんだけだった。

「木戸、遅刻ですか」
「寝坊です。先生が寝かせてくれなかった反動で」

 そうだ。俺はここで気がついた。今日あんなにも起きられなかったのはきっとずっと化学の勉強をしていたからだ。しかも土曜の夜なんて夜通し田中ちゃんのお酌をさせられたし。
 俺は安堵した。昨日ぐっすり寝られたのは会長のあたたかさにほっとしたからではないのだ。

「あなたも気持ちよさそうだったのに、責任転嫁ですか」

 俺が安心していると、田中ちゃんが教師らしからぬことを言った。
 気持ち良さそうって、田中ちゃんの飲んでた酒のにおいにあてられただけなのに。

「俺、先生の飲んだやつで変な感じになっちゃっただけだし」

 俺はあのとき、においだけで酔ったのだ。信じられなかった。酒は向いていない。そもそも俺は典型的な日本人だからきっとアセトアルデヒドが分解されにくいんだ。
 保健の授業でやった通りだ。

 ふくれっ面を先生に残し、クラスの列へと向かう。
 歩きながら壇上を見ると、宮田さんが小さく苦笑しながらマイクを持っていた。

「何騒いでんの」
「あ、恭ちゃん。何、寝坊? 会長と寝過ごしたとか?」
「うん」
「えっ」

 ミキちゃんが目を輝かせる。その時に語弊があったことに気がついた。

「ミキちゃんが期待してることはないよ」
「そう? やっとくっついたのかと思ったのに」

 元々冗談だったのだろう。ミキちゃんがわざと残念そうな顔をした。
 その間も、館内は騒々しく沸き立っている。
 はじめにミキちゃんに騒いでいる理由を聞いたが、聞かなくてもわかった。
 周りの可愛らしい女みたいな少年たちを筆頭に他の生徒も「会長が~」と騒いでいる。
 前の方が好きという声や、この会長様も格好いい、また、おもっくそタイプだ! という野太い声まで聞こえて来る。
 やばいじゃねえか、会長。ケツを狙うファンも増えたみたいだよ、と会長の不幸を想像して思わず笑みが漏れる。

「すっごい憎たらしい顔」

 俺の顔を見たミキちゃんが笑う。

「漫画とかでいうと物語のはじめに主人公に因縁つけてそのままやられて去ってくタイプ」
「それかホラーで真っ先に死ぬタイプだな」
「友人Cって言葉も似合う気が」

 他のクラスメイトもミキちゃんに乗っかる。

「恐い思いして最後の方まで生き残って死ぬなら俺は真っ先にやられたい」

 俺はそう言って壇上の会長に目をやった。
 会長はこの騒ぎの中特に不機嫌そうでもない。ただ、その眉間には見慣れぬ皺があった。
 そりゃあこうも騒がれちゃいくらナルシストの会長だって嫌気がさすだろう。
 それに、会長は自分の顔とかその他に自信があるようだが、騒がれるのは好きではなさそうだった。
 周りは、そんな会長にもおかまいなしに口々に意見を言い合う。

 ふと、この騒ぎは会長一人によってもたらされてるんだなあ、と思った。
 会長が髪の毛を切って、格好を改めただけで周りの生徒はこんなにも浮き立つ。
 少しだけ嫌な気分だった。
 でも、こいつらは会長の顔ばっかりを見て、性格なんて知らない。
 知っていても間違えて知っている。俺だって、会長に興味がなかった頃は人伝に聞いたひどい噂でしか知らなかった。
 だから、こいつらは会長が好きでも、顔と雰囲気だけにしか思いはない。
 俺は性格も知ってる。
 そう思うと心が浮上した。
 けど、それと同時に、俺はなんて嫌なやつなのだろうと自分を殴りたくなる気持ちも生まれた。
 ただの友達――先輩後輩のくせして勝手に周りのやつに対抗心や優越感なんて感じちゃって、そんな自分の心の貧しさが嫌だ。
 いつもつんつんしているくせに、俺よりも仲の良い人なんて現れなければいいとさえ思う。

「……ミキちゃん」
「何?」
「俺、ちょっと部屋行ってくる」
「なんで?」
「忘れ物。次の時間も出ないから」
「忘れ物なのに?」

 俺は曖昧にごまかして、来たときのように喧噪に紛れながら生徒の合間を縫って扉まで行く。
 いつまでも騒ぎ続ける生徒たちに業を煮やしたのか、ちょうど壇上の宮田さんがすさまじい勢いで「そろそろだまれやてめえら」と怒鳴っていた。

 誰もいない廊下を走る。
 格好良くなった会長を思う。
 見た目なんてどうでもいいなんていう人がいるけど、会長は真面目で良いやつだから、見た目で誤解されて欲しくない。
 だって、前までの会長は見た目だけで親衛隊を夜な夜な部屋に連れ込んでいると思われていた。
 冗談でキスしてやろうか? なんて言われたこともあったが、それはあくまでも冗談で、会長は何もしてこなかったし。
 昨日は抱きついてきたけど、あれはアホみたいなことに友達ならするらしいし。
 だとしたら、会長と橘さんもああやって寝てるのか。うげ。

 ぐるぐるとあまりおもしろくない妄想をしながら部屋に戻った。
 学ランを脱いで、念のため普段はあまりしないエプロンをする。
 油が飛んだら洗うの面倒くさいし。

 俺はこの日いつもより時間をかけて弁当を作った。