木戸教
「見ーつけた! 会長親衛隊の敵1年F組風紀委員木戸恭弥!」
「やややややややややっぱりやややめましょうよよよよよ」
「最近普通になって来たのに緊張するとどもんなあ」
「だだだだだだだだだって木戸君いいいいいいいいいいひとなんです」
「“木戸君”はどもんねえのな」
相葉先輩が僕の頭に手をやって落ち着かせるように撫でてくれる。
その行為に安心し、これでちゃんと話せる気もするけど、
「けけけけど木戸君はははははかかかかか会長さん、を裏切、るひと、じゃないで、す」
はじめは盛大にどもってしまったが相葉先輩が背中をさすってくれたから途中から途切れ途切れでもちゃんと話すことが出来た。
「もはや佐伯君は木戸信者だよね」
「木戸君信者……」
相葉先輩は冗談めかしていったけど、僕は本当にそうかもしれないなあと思う。僕が食堂で皆取に因縁をつけられた時助けてくれた。さりげなく会話から外してくれて、僕の前に立ってくれた。でも、一番嬉しかったのは蹴られたお腹が痛いはずなのに、木戸君が食堂を出て行くときに僕に謝ってくれたこと。
木戸君が謝る必要なんて何もなかったのに。
だけど、木戸君は僕にテーブル揺らしちゃってごめんね、騒ぎを大きくしてごめんね、と謝った。
僕が木戸君信者ならこのときが入信のときだ。
自分がつらいときに人に優しくできる人が本当に優しい人なんだ。
「先輩!」
「なにー?」
「ぼ、僕、みなさんが木戸君に制裁するなら僕、か、会長親衛隊辞めます!」
「はー!? いきなりどうした!」
「僕、木戸教入信します!」
「へー!?」
驚く相葉先輩を残し、木戸君をみはるために上っていた木から降りる。相葉先輩の声が聞こえたが振り向かない。
昔から、こうと決めたら前しか見えなくなるんだ。けど、勇気がなくあがり症だからやり始めるとかやり遂げるまでにすごく時間がかかるけれど。
今、会長親衛隊は怒っている。
どうしてかというと最近木戸君が会長から他の人に乗り換えようとしているだとか、会長の髪を風紀の権限で無理矢理黒くしたとか色々な噂からだ。
木戸君の権限なんで雀の涙ほどです! と反論したけど、彼らにしたらそれよりも会長から他の人に乗り換えようとしていることに怒り心頭らしい。
木戸君と会長が出会った頃はみんな会長様に近づくなんて! とハンカチを噛みしめていたけど、最近は木戸君と居るときの会長の幸せそうでしまりのない顔にみんなめろめろで、口には出さないけど二人を応援している人が大多数だった。
それなのに田中先生とか副会長とまで噂になってしまったのと、ここ数日会長の少しだけ寂しそうな姿が学内で目撃されたことも相まって今会長親衛隊は木戸君にご立腹なのだ。
だから真実を探るために会長親衛隊ではローテーションを組んで木戸君の監視をしている。
けど、僕は監視なんていらないと思っている。
木戸君は浮気したりとか、すぐ他の人に乗り換えられるような不義理者じゃない。
もしも木戸君が戦国時代とかのお侍さんだったら、寝返るなら切腹するタイプだ。絶対!
「木戸君!」
前を歩く木戸君の名前を叫ぶと、木戸君がびくりと肩を揺らしてこちらを向いた。はじめは驚いた顔をしていたが、すぐに表情をゆるめてくれる。
「佐伯君じゃん。どうしたの? さぼり?」
「さ! さぼり!」
「へえ、意外」
「木戸君は見回り?」
「や。授業サボってお仕事」
「仕事……?」
「うん。溜めちゃってたやつ。必死こいてやんないとやばいからさ、委員長とかみんなに内緒で進めてんの」
「そうなんだ」
ほら、皆が密会ってさわいでいたけど本当はさぼって仕事しているだけだった。
言われてみると、手には書類の束がある。
きっと、会長にも内緒にしなきゃいけない理由があるんだ。風紀委員長と会長が仲がいいって噂があるから、だからかも。
僕が一人で考えて納得している間、木戸君は話出すわけでもなく文句を言うわけでもなく立ち去るわけでもなく黙って待っていてくれていることに気がついた。
「ご、ごめんね」
「何が?」
やっぱり良い人だ。僕が入信してしまうわけだ。
木戸君は制裁を受けていい人じゃない。
「木戸君」
「何?」
「か、会長親衛隊に気をつけて!」
少しだけ声を潜めて言うと、何かを察したのか木戸君もかがんで僕に顔を近づけてくれる。
「なんで?」
「あの、みんな……その、反抗期……みたいだから、言いがかり付けたい年頃らしくて」
僕の言葉に木戸君はぷっと吹き出し「反抗期なら気をつけないとやばいなあ」と笑った。
確かに僕の言葉選びが下手だった。
「反抗期じゃなくて、思春期でした!」
「思春期が一番恐いもんねえ」
木戸君はそういうとなぜか僕の頭を一生懸命撫で出した。
その手つきが犬にするそれみたいで少しむっとしたが、ちょっと嬉しい。
「佐伯君今度ゆっくり話しようね」
顔を上げると木戸君の笑った顔があった。木戸教に入信した者としては彼からは後光が射し、なんだろう、彼の周りに輪っかが見えるくらい神々しく感じられる。
荒れた戦地でもきっと木戸君に付いていけば生き残れる。
「はい!」
「じゃあ俺行くね。あと、親衛隊に気をつける。ありがとう」
木戸君は僕に律儀にお礼を言って旧校舎の方へと消えていった。
そのあとで木から降りた相葉先輩に軽く叱られたが、全く反省しなかった。