早寝記録

のぞき見(前)

「やっぱ会長って仕事早いんだ」
「仕事早いっていうか坂上さんの動かし方が上手だった」
「でも良かったねえ、終わって」
「どうも」

 会長に坂上さんと仕事をしていたことを告白した4日後の放課後、時間が出来た俺はミキちゃんの部屋に遊びに来ていた。
 ミキちゃんの部屋は久しぶりで、彼の本棚にはきらびやかな本がたくさん増えている。

「恭ちゃん来なさすぎて、ヒマでヒマで本とかすげえ増えた」
「ごめんね」
「別にいいけど」

 冗談ぽく、しかし拗ねたように言うミキちゃんに、そういえば最近は会長とか坂上さんばかりでミキちゃんと一緒にいる時間が少なくなってたことに気がつく。
 ミキちゃんは俺以外にも結構たくさん友達はいるし、俺が会長と出会う前も四六時中一緒にいるわけではなかったが、やはり寂しい。

「ミキちゃんも風紀に入れば良いのに。似合いそうだし。橘さんもミキちゃんなら良いって言うよ」
「やだよ。風紀に入ったら堂々と覗き見できなくなるし」
「堂々と覗き見ってダメじゃね?」
「一般生徒が男と男のあれやこれを覗き見してて捕まってもどうでもいいけど、風紀が捕まっちゃダメだから、そういう意味」
「いや、一般生徒でもだめでしょ。男と男のあれやこれを覗き見ちゃ」
「けどまじでおもしろいんだって。腐男子じゃなくても十分楽しいって。ほんと」

 ミキちゃんはそういった後に何かを閃いたようで、ベッドの背もたれに預けていた体を勢いよく起こすと床にすくりと立った。

「今から実践してみようよ」
「へ?」

 ミキちゃんはもう誰かの何かを覗き見することに決めたらしく、壁に掛けた制服をベッドの上に投げると、豪快に着ていたTシャツと短パンを脱ぎ捨てた。
 仕方なく俺も立ち上がり、学ランを脱ぐ。
 学ランを脱いだ俺をミキちゃんが着替えながら訝しげに見ている。

「風紀の肩章目立つでしょ」





「会長と副会長じゃん! アレ」
「ほんとだ」
「どこ行くか恭ちゃん知らないの?」
「知らない」
「じゃあふたりのあとつけるか」
「……つまんなそうじゃね? 仕事っぽいし」
「わかってねえなあ。つけてつまんない人なんかいないんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ」

 複雑な気持ちでこんな会話を交わしているのは人通りが多いエントランスの大きな柱の影。
 ここは学校から出てくる生徒をはじめ寮の玄関も見ることが出来るから、覗き見初心者にはもって来いの場所らしい。
 ちなみに、中級者は裏口を張るようだ。不良攻めが見たいときに重宝するとか。
 ただ、不良だから見つかった場合の危険度が増すからそれなりの覚悟が必要だとミキちゃんは言っていたけど。

「バレずにどうつけんの?」
「曲がり角チェックだよ。ほら、今校舎に入ったでしょ」
「うん」

 そう言うとミキちゃんは走って校舎の方に向かった。
 俺もあわてて後を追う。

 校舎に辿り着いたミキちゃんは玄関から中を覗き込むと、しばらくして俺に「次は二階まで走るよ」と言って走り出した。
 また慌ててミキちゃんを追う。

「バカ正直にこそこそ後付けるんじゃなくて、曲がったの見てから堂々と進めば良いんだよ」
「見失いそう」
「いつもは結構同じ趣味を持つ何人かで連絡取り合ってやることが多いよ」
「同じ趣味……」

 俺たちは曲がり角チェックをしては走りを繰り返し、一度も見失うことなく今は使われていない旧放送室にふたりが入っていく所を見た。

「げ」
「げ?」

 会長と坂上さんの行き着く先を見てミキちゃんが顔をしかめ、俺の方を向いた。
 間近にミキちゃんの顔がある。
 ここではたと気付いたが、おそらく廊下の隅でこそこそと固まっている俺たちは十分怪しいだろう。
 けど、校内でこそこそしている怪しい金髪の一年生が居る! と風紀に入って来たことがないから、いつもはもっとさりげなくできているか、この状態が怪しくないかだ。

「ダメだ恭ちゃん、やっぱ役員は覗けない。あいつら俺たち一般生徒が入れないとこの鍵持ってんだもん」
「そっか。残念」
「けど旧放送室で何するんだろう。確か何にもないよね」
「あー……。あそこって四月に掃除したとこだっけ? 年度始めの大掃除で」
「そうそう」
「何すんだろうなあ。遊びに来たとかじゃねえの? 最近あのふたりすごい仲良いし。会長に手伝ってもらったときに深まって、最近会長の夜ごはんを俺が作りにいってたけど、一緒に食堂行く約束とかしてた」
「えー……」
「会長ずっと一人で生徒会の仕事してたからさ、嬉しいんじゃないかな」
「えー……」

 てっきり「会長×副会長フラグ立った!?」と喜ぶと思ったミキちゃんはそれっきり眉根を寄せて考え込んでしまった。
 なぜこんな反応を示すか不思議に思ったが、声をかけるのは思考の邪魔だからおとなしくこっちはこっちで考えることにする。
 さて、何について考えよう。
 会長と坂上さんについては嫌だから、今週末に行われる水泳大会か、夏休みのこと……。
 水泳大会時風紀委員は競技に参加しつつ、問題が起こらないようにするのだが、泳げない俺にはきっとどうしようもない。何が起こっても水中を歩いてしか移動できないから、今からみんなの足を引っ張るのが目に見えている。
 けれど昔血を吐くほど練習してもどうにもならなかったんだから今更泳げるようになるのは無理――

「……恭ちゃんなんか青いんだけど」
「え? うん、水泳大会について考えてた」
「ああ……」

 俺の泳ぎを知っているミキちゃんは合点がいったのか、哀れむような目で俺を見た。

「じゃなくて、恭ちゃんさっきの口ぶりだと会長と副会長が仲良くなってもどうでも良さげなんだけど」
「仲良くなるのはいいことじゃんか」
「とられちゃっていいの!?」
「とられる? 会長を? 別に会長俺のじゃないし」

 それに――、と言おうとして少しだけ考える。
 俺は段々と仲良くなってく二人をみながら、ずっと微笑ましく感じていたわけではない。
 会長に俺よりも仲良い人ができたら嫌だな、と思いながら見ていた。
 だけど、坂上さんは会長の顔だけを見て騒ぎ立てるやつらとは違う。会長と坂上さんはまるで普通の友達のようにどちらが優位に立つなどということはなく話し、時にケンカしていた。
 俺は、薄々だけど会長が俺といるのは俺が他の生徒たちのように顔だけを見て騒ぎ立てないからだということに気付いている。
 それを抜かして、俺が坂上さんに勝てることなんて一つもない。
 坂上さんは素直だし、反省も後悔も出来る。

 寂し気に、周りを見ないように生きて来た――と言った坂上さんを思い出す。坂上さんは「私を見る周りの目はいつだって異様だった」とも言った。
 会長は俺に気を遣って学食や食堂などの人が多い所には行かない。
 会長とか坂上さんならこそこそしなくても良い友達になれるのだ。だとしたらきっとその方が良い。
 俺は多分ちょっとずつ会長から離れていった方がいいのだ。

「会長は俺のじゃないし、副会長とだったらこそこそしなくていいし、普通の友達になれるよ」
「恭ちゃんと会長普通の友達じゃないの?」
「普通じゃない。普通って、こうやってさ、ミキちゃんとみたく人の目を気にしないで一緒にいられることじゃんか。会長とはやっぱそうは行かねえもん。会長親衛隊のほとんどは許してくれたみたいだけど、他の生徒には悪意を持ってみられたり、文句言われたりすることが多いよ」
「気にしなきゃ良いじゃん」
「俺じゃなくて会長が気にするんだよ。はじめは俺が嫌だっていってたけど、今は周りがどう言ってきてもどうでもいいし」

 素直な気持ちを言葉にする。
 初めこそ会長が早く俺に飽きてくれたらいいのに、そうしたら穏やかで平凡な生活に戻れるのに――と思っていた。

 けど、会長を友達として好きだ、と認識した頃から、誰がなんと言ってきても良いと思うようになっていた。
 自分の心の内を客観的に見たら俺は会長のことが好きだ。
 でも、認めたくない。
 一度、学食に行こうと誘ったことがある。そうしたら、「木戸が目立つの嫌だから」と断られた。

「会長とは……これ以上仲良くはなれない」 

 真っ直ぐに旧放送室を見据えながら誰に聞かせるでもなく声にする。
 声にすると、自覚が深まる。

「恭ちゃんってさ……」

 歯切れ悪く言葉を切ったミキちゃんに目を向けると、ミキちゃんがなんともいえないむずがゆそうな表情を浮かべて俺を見ていた。

「会長のこと、好きだよね」