早寝記録

のぞき見(後)

「恭ちゃんってさ……会長のこと、好きだよね」

 ミキちゃんがそっと呟く。

「認めたくないから好きじゃないってことにしといて」

 俺はそう言って来た道を戻ることにした。
 ミキちゃんが付いて来るだろうと予想して。

「恭ちゃーん」
「何ー」

 ミキちゃんがぱたぱたと追って来て俺の隣に並んだ。
 良かった。やっぱり来てくれた。

「ついに認めたのか」
「認めたくないから好きじゃないことにしといて」
「えーだってそう言うってことはそういうことでしょ」
「そうじゃないの?」
「ほら」

 窓から一階の渡り廊下を見る。
 赤い髪と黒い髪が仲睦まじそうに歩いている。

「ミキちゃん、仲良さそうなのいるよ。つける?」
「話そらすの下手くそだなぁ。ね、部屋いこうよ」
「もう? 結局何も見れなかったじゃん」
「良いもん見れたよ。恭ちゃんの心を覗き見~……なんつって?」

 寒いことを言うミキちゃんに白い目を向けるが、ミキちゃんはすっかり慣れきっているので、かまわず「根掘り葉掘り聞かなきゃ!」とはりきっている。
 はぐらかすってことは踏み込んで来ないでほしいってことなのに、ミキちゃんはおかまいなしにずかずか来る。
 ミキちゃんに強く来られると言っちゃうし、いつもそれで楽になるから俺にとっては良いんだけど、ミキちゃんは普段悩んでも事後報告だから、それが悔しくてあまり言いたくない。

 だけど気付いたら寮にいざなわれ、ミキちゃんの部屋に入り、ベッドの隅に追いやられていた。

「やっぱ秘め事を聞くと言ったら隅っこだよね。隅っこ」
「知らないよ……」

 半ば諦めて壁に背を預けミキちゃんに向き直る。
 最後のあがきとしてミキちゃんのつんつん立てた髪の毛をわしゃわしゃとかき回し、台無しにした。
 しかし、前髪が出来たミキちゃんはなんだか美少年で、気持ちをすっきりさせようと思ったのに逆効果だった。

「いつから好きなの?」
「知らね」
「わかんないんだ」
「止めてほしいんだけど、本気で」
「なんで」
「だってさあ……」

 俺をじっと見るミキちゃんから視線を外す。
 ミキちゃんは余程気になるのか身を乗り出している。全てにおいて近い。

「ノンケは好きになんないって決めてるし、恋愛は見た目じゃないっていうけど、やっぱ会長くらい格好良いと気が引けるし」
「まあねー。会長っていうからにはこの学校で一番人気あるしね」
「俺みたいな平凡が好きになっていい相手じゃないんだよ。あ、別に会長の顔に惚れたわけじゃないけど」
「知ってる。顔だけで惚れるなら恭ちゃん田中ちゃんとかに惚れてるはずだし」

 こんな話をしながら、これじゃあ俺が会長のこと好きだって認めてるも同然だと思った。
 でも、俺だって自分の気持ちくらい知っているのだ。
 知っていて、頑に認めようとはしない。だって、認めてしまったらもう会長と一緒にいられない。
 会長は「友達」を盾に際どいことをして来る。
 今までは会長を好きではないという強がりのようなもので耐えられたが、それがなくなってしまったら俺は耐えられない。
 絶対に意識してしまうし、期待してしまう。
 なんだって期待するのは怖い。
 失望は期待から生まれる。
 期待しない者はまた失望もしない。

 俺はもう期待なんかしたくないのだ。
 頭の片隅に懐かしい影が過りそうになるのを必死で追い返す。
 昔、期待したことによって失敗した消したい過去。

 もう二度と同じ過ちは繰り返したくない。
 傷つかないで生きていきたい。そのためなら幸せを手放しても良い。
 傷つく「危険性」を孕んだ幸せではなく、はじめから危険なんて何もない平凡が欲しい。

(ていうか、もう離れた方が良いって結論を出したんだから、認めてもいいのか……)

「ミキちゃん」
「俺だったら良いの?」

 小さく呼んだミキちゃんの名は、彼の意味が分からない明瞭な言葉に遮られた。

「俺だったらってどういう意味?」
「顔とか気にするなら、俺と付き合っちゃえば良いじゃん。恭ちゃんなら大事にしてやるよ~」

 ミキちゃんがからかうように笑った。
 せっかく真面目に答えてるのに、肩すかしを食らった気分で、怒りよりもむなしさが湧いて出る。

「茶化すくらいならはじめから聞くなって」
「別に、茶化してないし。半分本気……ってか、だって恭ちゃんのことだからどうせ会長から離れようとか思ってるんでしょ」
「……なんでわかんの?」

 ミキちゃんはにやりと笑って「長い付き合いだからね」と言った。
 長い付き合いでも俺はミキちゃんのことがわからない。俺だって、この呼称は恥ずかしいけど親友だと思って自分なりに大切にして来たつもりなのに。

「恭ちゃんが俺のことわかんないのは俺がしゃべんないから……何より別に悩みとかそんなになかったし。だからだよ」

 心まで読めるのか、こいつ。すげえ。

「顔に出てるよ、全部。まあ、これはどうでも良くて。ねえ、恭ちゃんいきなり離れちゃうの? 勝手に。それって会長傷つくと思うんだけど」
「すぐにってわけじゃない。もっと坂上さんとか……あと常磐さんとかと仲良くなってから。会長いいやつだから、それがみんなにわかったら友達増えるし。そしたら俺なんていなくても良くなるって」

 寂しさを必死に隠して言い切る。「俺なんかいなくても良くなる」。言葉に出しながら想像してしまった。胸が締まる思いがした。

「恭ちゃんさ、友情と愛情? 恋情か――がごっちゃになってねえ?」
「……どういう意味?」
「会長が副会長とか会計と仲良くなってもそれは友達でしょ。けどさ、きっと会長も恭ちゃんのこと好きだから、友達増えても好きな人いなくなったら会長だって嫌だと思うよ。まあ、恭ちゃんの言ってることもわかるけどね。俺だって学校一格好いい人に惚れたりなんかしたら悩むと思うし」
「だから、会長の周りに人が増えたら俺のことなんかどうでもよくなるんだってば。もしも、万が一会長が俺に惚れてたとしても。俺より顔良くて性格良いやつなんてこの学校内でも腐るほどいるんだから。……虚しい妄想すんのは止そうよ」
「自己評価低すぎ……」
「妥当妥当! もうこの話は終わりにして、ええと、どうしよう、遊ぶ? 昼寝? 食う?」

 虚しさと悲しさが溢れてきそうになったから、俺はわざとらしいのはわかりきっていたが、強引に話を切り上げた。
 ミキちゃんも一旦は諦めたのか「今日はもういいや」と言ってベッドの脇にある本棚に手を伸ばしきらびやかな本を一冊手に取り、俺に渡して来た。

「何こ――」

 表紙を見て固まる。
 少年が二人抱き合っているステキな絵。

「人気者×平凡の本だよ。それは小説。慰め……勉強になればと思って」
「慰めかよ!? ひどい! 自己投影しろっての!?」
「そうはいうけど人って自分の人生しか経験できないから、本とか映画で疑似体験することによって心が育つんだよ。誰かが言ってた」
「ホモの本で!」
「偏見捨てて」
「現実にはないよ。自分もだし……。俺、少女漫画とか恋愛要素入った少年漫画でさえ読むの苦手なんだよ」

 とくに恋愛要素の入った少年漫画が苦手だ。苦手と言うか好きじゃない。
 俺は、無人島とか廃墟に取り残されたりして、そこからサバイバルが始まる感じの物語が好きだけど、大体は男が女を守るために頑張っちゃったり、恋が生まれて三角関係に発展したりする。でも、そんな余裕のあるサバイバルは嫌だ。恋心なんて感じるヒマがないくらい切羽詰まったものが読みたいのだ。

 中をぱらぱらめくる。結構字が少ない。これならすぐに読み終わりそうだ。

「とりあえず借りてく」
「ほいほい」

 ミキちゃんは体を伸ばして床に置いてあった俺の鞄をとり、俺に向けた。

「どうも」

 傷つかないように内部のポケット部分にしまう。
 部屋は廊下を挟んだ真向かいなので手で持っていっても良いが、万一見つかったらとても恥ずかしい思いをする。人気者×平凡なんでまさにじゃないか。「あー、あいつ本読んで勉強してる~」とからかわれたら恥ずかしくて爆発してしまう。

 そのあと、夜までミキちゃんの健気受けについての妄想と考察を聞いたりくだらない話をしたりして時間をつぶした。

「じゃあ、帰ってすぐ本読んで自己投影とかしちゃって色々悩めば良いよ。勉強だよ、何事も」
「読まないし。そんなにすぐ読まないもん。俺、こう見えて忙しいし、本読んで勉強しないし。する必要もないし」
「そう? まあ、応援してるよ」
「いらない」

 部屋を出る時、こんな会話をした。
 別に、本を借りたのは勉強するためじゃない。
 本を読んで勉強とか、マニュアルを読んだだけで何かの試合に出るようなものだ。
 折角貸してくれるって言うし、読みやすそうだったから借りただけ。ミキちゃんの趣味に歩み寄るのも友達としての役目……。
 決して勉強のためじゃない。勉強のためじゃない。
 鞄を持つ手になぜか力がこもる。

 そんなことを思いながら、俺は自室に戻った。
 部屋着に着替え、バックをあさる。
 手は、自動的にミキちゃんから借りた本に伸びていた。