デジャヴ
「木戸、お前俺のこと好きなのか」
「なんですかいきなり」
風紀室に来るなり会長が俺に詰め寄って来た。心なしか意地悪くにやにやしている。
「昨日1巻読んだ」
「竜宮ラブ★四季の窓ですか?」
「そうそう。で、木戸も俺のこと好きなの?」
「も? もってなんです? 俺の他に先輩のこと好きな人いるんすか」
あ、本人の前で認めてしまった。
やばいかな、と思ったが会長は気がつかなかったようで「亀山君が龍宮のこと好きだしよ」なんてわけのわからないことを言って来る。
「亀山君って木戸に似てるじゃんか。龍宮の完璧っぷりは俺だし。亀山君龍宮のこと大好きだから木戸も好きなんじゃねえかと思って」
「現実と混ぜて考えちゃったんすか! 大丈夫ですか? 頭」
「ばか。しっかりしてるって。俺だって本気で言ってるわけじゃねえし。カイチョージョークだよ」
「嘘だ。けど俺今日は優しさを発揮してつっかかりません」
「そうかよ」
会長はすこしだけ不満そうに口を尖らせると、自分で座布団を持って来て床に置きその上に座った。
こうして奥の部屋で一緒にいるのは久しぶりですこし嬉しい。
「木戸、なんかにやついてね? 気持ち悪いなあ」
「失礼ですね。つーかなんで来たんですか? 最近生徒会室で仕事してたじゃないですか」
「朝で今学期やること全部終わらせたんだよ。ヒマなの、俺。今日フルで授業出ちゃったし」
「良いことじゃないですか」
「良いことだけど俺の顔が格好よすぎて鼓膜破れそうになった」
「騒がれるから?」
「さすが木戸。わかってるじゃねえか」
会長がにいっと笑う。それを複雑な気持ちで見ていると、会長が何を勘違いしたのか「何ふてくされてるんだよ」と聞いて来る。
ふてくされてるんじゃなくて心配しているのに失礼なやつだ。
「親衛隊に僕を見てもあんまり騒がないで下さいって言ってみたらどうですか? 結構聞いてくれると思うけど」
俺が提案すると、会長の表情が曇った。
どうしたのだろうかと、ちみちみと仕事をしていた手を完全に止めて会長に体と意識を向ける。
「最近なんか俺を好きだっていう層が変わったんだよ」
「層が変わった?」
「ああ、前までは女の子みたいなやつらが多かったけど、最近まっちょっつうの? 結構がたいの良いやつに言い寄られることが増えた。俺を見る目もなんつーの? ケダモノ? 食い入るようにAV見てる童貞みたいな感じ」
「ひどい言い草!」
「はは。自分でも思った。勝手に脳内でソフトな感じにしといて」
会長が乾いた笑いを零しわずかに肩を落とす。
会長は色々と俺に際どいことをして来るがノンケだから、自分が女の子みたいな少年たちに言い寄られたり騒がれたとしてもそこで終わりなのだろう。
自分では少年たちをどうこうするという妄想なんてしないから、自分をイケナイ目で見るオスたちに危機感を覚えるのだ。
しかも会長はそこまで背も高くなく筋肉もない上にケンカなんてしたことないらしい。前にケンカなんて野蛮な真似しねえよ。俺は優雅に生きたいんだ、と言っていた。
そんな優雅さに憧れるノンケの心を想像する。
同性でエロイことをするときに、自分がタチなら百歩譲って許せるとして、ネコになるなんて嫌だろう。百歩どころか一歩も譲れない。
会長は今ネコ集団には前を狙われタチ集団には後ろを狙われているのか。
(凄まじいな……)
「何だよ木戸。いきなりそんな哀れむような目向けられて俺どうすれば良いの」
「強く生きて下さい」
「何だよ。何想像してんだよ」
「いやあ……凡人には想像もつかないくらいの苦労だろうなあって」
「風紀で護衛を付けてくれればいいよ。SP木戸。格好良くねえ?」
一応想像してみる。
すると、会長と仲良くなってから色々な人にからまれた日々が鮮明に脳裏に蘇ってきた。脳内に声がさんざめく。『あんた会長様のなんなの!』『身の程知らず!』『シシテシカバネヒロウモノナシ!』――。
「余計からまれそう……」
「いいんじゃね? 亀山君だって身を粉にしてまでも龍宮を守ったじゃねえか」
「だから俺亀山君じゃないし。会長さあ、俺が亀山君が龍宮をおもうほどあんたを好きだと思ってんの?」
挑発的に言うと、室内にはなぜか沈黙が降りた。
会長ならあたりまえだろ、なんて軽く言うと思っていたから予想外の展開だ。
俺が戸惑っていると、おちゃらけた雰囲気を消した会長がほんのすこしの間思案して「いや、思ってねえよ」と真剣に答えて来た。
心の中で舌打ちをする。
会長さん、それは反則ではないですか。ただの憎まれ口に本気で返すなんてしちゃいけない。
しかも、俺は会長のことが好きなんだから。
SP木戸なんてださいことを言われたときに、どんなやつが来ても守ってやろうと思うくらいには好きなのだから。
亀山君に共感して龍宮を会長とかぶせて号泣してしまうのだから、俺は亀山君が龍宮を好きなくらいには好きだろう。
「からまれそうだけど、俺が護衛に付けたら堂々と一緒にいれますね」
だから俺は会長に一矢報いるためにどうとでも受け取れるような言い方で、会長に本音をぶつける。
適当に返されたと思うのか真意が伝わったのかはもちろん俺にはわからないが、どっちでもいい。
遅くても『竜宮ラブ』の最終巻が出る冬には離れなきゃいけないと思うのに、どうにか逃げ道を探している自分が情けない。
会長は良いやつだからきっとすぐに一緒にいても“文句を言われない”友達がたくさん出来るし、そうしたらもう俺なんかいらなくなる。
俺がいなくなったら会長は今俺に割いている時間を普通の友達とのものに割ける。
けど、会長が「好きなの?」なんて俺にかまう今、会長の今後なんて無視して素直に「好きです」と言ったらどうなるんだろう。俺はいやしくももしかしたら――と自分に都合のいい想像をしてしまう。
「橘に木戸くれって言って来るか」
会長が立ち上がり奥の部屋から出て行った。
残された俺は、くだらない妄想を止めて、頭を空っぽにしてマウスを握る。