恋は
木戸が「俺、荷造りして来る!」と言って自室へ戻ったのを堪えきれぬ笑みで送り出す。
うまく行った。本当にアドリブではなく、計画していたものには素晴らしい対応力を見せる。
会長にはきっと柔軟性よりリーダーシップが必要だから、アドリブなんて俺には必要のない才能なのだ。だから神様は俺に格好良い顔とそこそこの運動神経、溢れんばかりのオーラをくれたけど、学力とアドリブの才能をくれなかった。適材適所。ちょっと違う気もするが、俺の才能分布はこんな感じだ。エコ狂いの今の時勢にもあっている。
俺はさっき、バスタブに肩までつかりながら考えていた。
俺は木戸が好きだ。
今まではうだうだと悩んでいたが、好きなら手に入れなければならない。
そのためにはまず地盤を固めるのだ。
俺は負ける試合はしない。勝って、さらにそこだけで終わらせず、以降語り継がれるほどの完璧な勝者になりたい。今思った。だから会長もがんばろう。任期はあとすこしだが、あの代の会長は素晴らしかったと語り継がれる真面目で格好良い会長になろう。
何事も用意は大切だ。
家族や出来れば親戚にまで気に入られて、俺という存在を木戸一族に植え付ける。
この先もし付き合えて、でもってケンカすることがあったら、進藤君と別れるなんてバカなことはお止し! と親戚中から言わせるのが最大の目的だ。
さっきの話を聞く限りだと運転手の戸田さんを味方につけるのが一番良い。
今でもぼろぼろの覆面ライダーのフィギュアが木戸のベッドのそばに飾られてるから、木戸と戸田さんの絆を考えると難しいとは思うが俺なら出来る。
俺がどれだけ木戸を好きかということを戸田さんに伝えれば、いずれわかってもらえるだろう。
根拠のない自信を胸に、ひとりでふふんと笑う。
今日の話を聞いて木戸に親近感が生まれた。
俺は女みたいな名前だが、これは本当に娘に付けるために用意していたのだから当然だ。
俺の場合はひとつ上の兄も同じ被害を被っているし、最後の最後に女の子が生まれたから木戸のように着せ替え人形になることもなかったが。まあ、兄はぐれたけど。
しょうがないからこの先お望みとあらば木戸には「綾音ちゃん」と呼ばせてやろうと考える。
似たような悩みを持って生まれて来たものの特権でだ。
明日から無理矢理にでも木戸をどこかに連れ出そうと目論んでいたため、荷造りはもうし終えている。
考えることも考え終え、途端にヒマになった。
時間を見ると、まだ夕方。人の荷造りを見る趣味もないから、寮内をうろつくことにする。そういえば、生徒会のメンバーは帰るのだろうか。
最近になってようやく打ち解けられた生徒会の面々の顔が思い浮かぶ。
俺も含め、九月の総選挙ではみんなどうなるだろう。
やっと仕事もちゃんとできるようになったし、十月に行われる文化祭は一緒にやりたい。
部屋から廊下に出ると、常磐と生意気そうな少年が廊下に座り込んで話をしていた。
確か、前に常磐が付き合ってた木戸っぽいやつだ。名前は確か――
「常磐と、ヒガくん」
比嘉は俺がまさか知っているとは思わなかったのか、つまらなさそうにしていた表情に驚きの色を表した。
「わー会長すげー。比嘉の名前まで知ってるんだ」
「中学の時、常磐と付き合ってるってことで噂が流れて来たから。生意気すぎるとこが好きらしいってのも聞いた記憶がある」
意地悪く言うと、比嘉がキッと常磐を睨んだ。
木戸を見たとき、ぼんやりと比嘉と雰囲気が似てるな、と思ったが、比嘉は抜けてない木戸という感じだ。あくまでも雰囲気だけだけど。
「ここで何してんの? より戻したとか?」
「違うよー。まあ、会長と木戸についてとか、色々語り合ってた」
「俺と木戸? どんな話?」
「比嘉って木戸の友達の三木って子と仲良いからさ、妄想とか?」
「妄想か」
ミキちゃんに対する俺のイメージと言えば今は『竜宮ラブ★四季の窓』しかない。
「もしかして、竜宮ラブが好きだったりして」
なんとなく口に出すと、つまらなそうにしていた比嘉が俺を勢い良く見た。
「何? 本当にそうとか」
「何で知ってんの? つうか会長も読んでんの? 何で?」
「読んでるよ。といってもまだ一巻終わったばっかだけど。何で? っていうのは木戸が読んで号泣してたから、興味が出て」
「木戸が? 何だ、あいつも読んでんのか」
「木戸と知り合い?」
「あんたと木戸が弁当食い出すまで一緒に食ってた。中三からクラス一緒だし。……友達」
比嘉は、そう言ったっきりまた不機嫌な表情に戻ってうつむいてしまった。
隣では常磐が苦笑している。
「どうしたんだよ」
「いやあ……、実はさー比嘉はここに木戸に会いに来たんだよね」
「は? 木戸に? 自分の部屋に戻ったけど」
「知ってるよ。謝りたいことがあるんだけど、勇気が出ないっていって、ずーっとうじうじしてんの」
常磐が「ね?」と優しく比嘉の顔を覗き込む。この様子だけ見てると、まだ比嘉に惚れてるみたいに感じられる。常磐は中学の頃からひっきりなしに恋してるという噂があったが、比嘉と付き合っていた頃はそんな噂なかった気がする。
比嘉と別れてからは付き合ってた女に浮気がバレてタコ殴りにされたとか、色々軽い噂が飛んでたが、比嘉期間はなかった。
良い恋をしてたのか。なんかきもい。
常磐に失礼なことを思って、比嘉に意識を戻す。
比嘉はさっきと同じようにうつむいている。
「比嘉ね、昨日」
「ミチル、いい。おれ自分で言う」
「比嘉……!」
比嘉は何かを決意したような強い目で俺を見た。それを常磐は感動した様子で見ながらうんうんと何度も頷いている。俺は木戸じゃないのに何かがおかしい。
けどここで何かを言うのは粋じゃない。俺は空気が読めるから黙っておく。
「おれ、昨日の水泳大会で……木戸をぶっ飛ばしちゃったから、謝ろうと思って、来た」
「あ、そう」
「ぶっ飛ばすつもりはなくて、棒は俺にまかせろって肩を叩く気が、なんか気付いたら他のやつらにもみくちゃにされて、もみくちゃにされたら木戸が死ぬって思って、助けようとして思いっきり周囲のやつにタックルかましたら……木戸が吹っ飛んでた。言い訳だけど」
比嘉はまたうつむいてしまった。
でも、木戸はきっと気付いてないし、気にしている様子もなかった。
それに水泳大会でがんばった結果なんだから比嘉も気にする必要はないと思うが――
「謝ろうなんて、すごいえらいよ! 俺もさ、影から見守ってるから、大丈夫!」
「……えらくない」
こんな調子の二人を見ていたら、何も言えなかった。
荷造りをしている木戸には悪いが、このバカ二人のために一肌脱いでもらおう。
尻ポケットに入れていた携帯電話を取り出して、木戸に掛ける。
そして、繋がったところで何も言わず比嘉に渡した。
怪訝そうな顔で俺を見上げた比嘉が、差し出された電話を受け取る。
差し出されたら人はとりあえず受け取ってしまうものなのだろう。
「それ木戸。怒ってないから気のすむようにしてみたらいいんじゃねえの」
比嘉に向かってそう言うと、比嘉は焦りながらも電話を耳に当て、あーとかうーとか言葉にならない言葉を発している。
おそらく、あまり人に謝ったことがないのだろう。
さっきの木戸と同じで恐ろしく狼狽している。
しかし、隣の常磐に背中をぽんぽんと叩かれると、ぽつりぽつりと話し出した。
それにしても、あーとかうーとか言ってる誰かもわからないやつを相手にずっと待ってる木戸超優しい。好きだ。
「あの、おれ、比嘉……ああ、知ってる? ……声で? ……そう。……ああ、昨日、おれ、木戸ふっとばして……うん、そうそう。飛んでったじゃん木戸、漫画みたいに。……うん、ごめんねって。……えー……。いや、謝らせてほしいんだけど。……は? べ、別にそんな、……木戸のために謝るわけじゃねえし。……は? ……そうそう。……あ、うん。明日。……ありがと。……いや、帰るけど。……おれ最近ミルクレープにハマってて。……違うよ、それミルフィーユ、クレープ生地に生クリームとか挟んで何層にもなってる感じのすげーうまいやつ。……風紀? やだよ。……まじで? だって堂々とのぞき見できなくなるじゃん――」
俺も常磐も段々とずれていく比嘉の話を黙って聞いている。
人の電話を聞くのはどうかと思うが、俺が繋いだわけだし、事情も知ってる。それに、これほど堂々と聞いていれば逆に比嘉としても気にもならないだろう。
途中まではいい感じだったのに一体何を話しているんだよ――と呆れはしたが比嘉が楽しそうに笑ったので、ハッピーエンドという所に着地したのだろう。
常磐を見れば、そんな疑問も比嘉の前では吹っ飛ぶのか、とろけるような笑みを浮かべている。
恋は盲目というのは、どうやら本当らしい。