早寝記録

龍宮的な意味で

 公園が寂れているのか、単に子どもが遊んでいないから寂れて見えるのか。
 なんだか寂しそうな公園のブランコに腰掛ける。
 携帯電話は会長の部屋に忘れ、身一つで出て来たが、おそらくまだ午前だろう。昨夜は遅くまで起きていたから、それほど早い時間ではないと思うが。
 ミキちゃんのメールを見た時に時間も目に入ったはずなのに、思い出せない。
 思い出せないと、余計に思い出したくなるが、今は時間よりも気になることがある。

「会長俺のこと大好きなのかあ……」

 現実味がないから口に出すと、さらに現実味がなくなった。思考が音になり自らの耳へと届いたのに、声は余韻なくすぐに消えた。
 今まで会長は友達があまりいなくて友情の距離を測り間違えていると思っていたが、どうやらそうではないらしい。
 “龍宮的な意味で”とはすなわちそういう意味なのだろう。
 弱く地面を蹴り、ブランコを動かす。ブランコはブランクがあるのか、ギィと錆びた音を立てて力なく動き出した。
 今まで俺が変だなあと思っていた会長の行動は、“龍宮的な意味で”考えると、恐ろしいことに全て納得できるものだった。
 たとえば、前に俺が食堂で皆取に殴られた時会長は会計や坂上さんにトラウマを与えるほど説教をした。一般生徒たちの見ている前での行動だったからそこまで怒ったのかと思ったが、彼らはあの日以前にもたくさん恥ずかしい行動をとっていた。あの日はきっと“龍宮的な意味で”好きな俺が殴られたからあれだけ怒ったのだ。
 最近のことで言えば、戸田さんの試練をやりきったことも納得できる。
 きっと“龍宮的な意味で”好きだから、認められたかったのだ。
 会長が俺のことを龍宮的な意味で好きだなんて信じられないけど、本人が言うんだから本当なのだろう。
 だとしたら、恐ろしいことに俺と会長は両思いだ。
 『きっと会長も恭ちゃんのこと好きだよ』と言ったミキちゃんの声が聞こえて来る。
 会長にべったりの俺が離れたら、会長にはたくさんの友達が出来る。
 俺より顔が良くて性格が良いやつともたくさん出会える。そして、今龍宮的な意味で俺を好きな会長は、俺が離れることで選択肢が広がり、俺よりももっともっと良い相手を手に入れられるだろう。
 本当に会長のことが好きなら、俺は会長から離れた方が良いのだ。
 ふと、自嘲の笑みがこぼれる。
 こんなことを思っていても、本心は別だ。
 俺は会長の幸せよりも自分が傷つかないためにこんなことを延々と考えている。
 だって、会長はノンケだったから高校を卒業したらきっと女の子のほうが良くなる。
 これから会長と付き合ったとしても終わりが見えているのだ。俺は元々バイだけど会長は元々ノンケだし、遺伝子には勝てない。
 人間が何万年も絶えることなくこの世にあり続けているのは、種を保存しようとする能力が生まれつき備わっているため。男同士じゃ子どもは作れない。

「龍宮的な意味で考えた?」

 しぶとく生き残る忌まわしき人類に思いを馳せていると、後ろからのんきな声が聞こえて来た。
 振り向くと、思った通りの人物が立っている。

「本能には勝てないでしょ、どうせ」
「はい? いきなり何? 謎!」
「どうせ、1年半後には先輩の隣に可愛い女子大生がいるんです」
「可愛い木戸がいるんだろ」
「可愛い木戸は数年経ったら可愛くないおっさんになります」
「数年はさすがに言い過ぎだろ。それ言ったら格好良い会長さんも数十年したらただのおっさんになるんじゃねえの」
「ステキなおじさまになるんじゃないですか」
「木戸もなるって」

 会長は軽くそう言うと、俺の隣のブランコに腰掛けた。言いたかったこととずれたが、軌道修正するだけの価値はないかもしれない。

「あんた、俺のどこがいいの?」
「もう言ったよ。木戸家で」

 会長が目を細めてほんのりと笑みを浮かべる。
 それを見て、好きだなあ、と思った。
 会長は今、俺を好いてくれている。会長は格好良い。見た目も好きだけど、俺はそれ以上に会長が好きだ。人には絶対に説明できないと思う。俺は気が多いから見た目だけならほかにも好きな人はたくさんいるし、性格が好みの人もたくさんいる。でも、ここまで焦がれるのは会長しかいない。
 束縛されるのは嫌いだ。けど会長にだったらされてもいい。それどころかその方が安心するし、気持ち悪いことに嬉しいとも感じるだろう。
 それほど好きな会長に俺は好かれているのだ。
 こんな奇跡生まれ変わってもありえない。
 きっと俺の好きは会長のよりもずっとどろどろしていて汚い。綺麗な恋じゃない。
 だって、始まる前から終わりだけを考えている。

「隕石に当たって死にたい」
「はあ!? いきなり何」
「好きなんです」

 ブランコの鎖を強く握る。前ぶれなく思いを口に出す。それは、自分にもまるで他人事のように聞こえた。そして、ひどく切羽詰まったような声色は、愛の告白なんて甘酸っぱいものじゃなく、罪を告白する時と近いように思えた。

「俺、先輩のこと好きだから、隕石に当たりたいんです」
「ありがとう? 意味わかんねえ」
「多分、俺が先輩のこと亀山君的な立場で好きだって仮定して考えたら理解できます。……5巻あたり読んでみて」
「5巻な。わかった」

 会長は軽く了承して、落ち込んでいる俺を立たせて自室へと連れ帰った。

「朝ご飯食って用意して町に出て竜宮ラブ買いに行って、それから海に行く」

 そうして、会長は晴れやかに笑った。