杞憂
本を読む男前は格好良い。
たとえ表紙が男同士の絡み絵でも格好良い。
「堂々とし過ぎじゃないですか?」
「……何が?」
「斜め後ろの席の女の子に凝視されてますよ、先輩の手元」
「好きなんだろ。竜宮ラブ」
「……あんたがいいなら良いけど」
もう諦めて窓の外を眺める。
高速鉄道の窓は、乗客に景色を楽しませようという思いはないらしく、どんどんと風景を変えていく。
早く目的地に着かせる代わりに楽しい旅路は提供しないなんて、飴と鞭だ。
でも、周りの乗客たちを見ると、連れと話していたり目を閉じていたりと、あまり窓の外を眺めているものはいない。
俺と会長は、会長の一つ上の兄と会うことなく寮へと戻ることになった。
理由は会長の兄ちゃんが帰ってこないことがわかったから。どうやら、友達と世界を回っているらしい。それを聞いて会長もうらやましくなったのか俺たちも海越えちゃうか! とはりきったが断固拒否した。
一週間前まで学内ひきこもりだったのに、外界に出て一週間で海外に行けるわけがない。
会長に連れられていった本屋も、肌色のばか者たちがばか騒ぎをする海も怖かった。
初めは人が少ない神社あたりからはじめれば良かったと後悔しかしなかった。
しかも、会長の格好よさは俺たちの通う風変わりな学校の外でも適用するらしく、周りからの視線が痛い。
俺が見られていたわけではないが、すごく疲れた。
会長を見ると、会長はさっきと変わらず真剣な表情で竜宮ラブの5巻を読んでいる。
5巻は、龍宮の気持ちを知った亀山くんが、平凡を具現化したと専らの噂の自分が龍宮に愛されるなんて――とぐだぐだ悩む巻だ。読んでいた時は、亀山くんのあまりの悩みっぷりにいらだちを覚えたが、今となっては共感できてしまう。
世の中顔じゃないとは言っても、男は自分のタイプの女の子を手に入れたいものだし、女だってそうだろう。また、金持ちと貧乏がくっつけば金目当てじゃないかと噂される。
こんなんで、結局は中身だよね、と言われても信用できない。
俺は周りからなんと言われてもいいが、可愛くも綺麗でもなく、しかも性格が良いわけでもない俺のことを会長がずっと好きでいてくれる自信はない。
だから、きっといつかいなくなってしまう時がくるのだろうと思うと悲しくなるのだ。
だとしたら、一生後輩として、友達として仲良くしてもらう方が良い気がする。
(ダメだ、考えがぐちゃぐちゃだ……)
ひとまず会長のことは忘れようと、足下においていたリュックから携帯電話を取り出した。ミキちゃんにさっきの返信でもしよう。
そう思って携帯を開くと、メールが一件届いていた。
見てみると、副会長の坂上さんからだった。
『件名:ありません
本文:大変どす。あなたの委員長が部屋から出てこなくなってしまいました。どうしましょうと思いまして橘と仲のよい進藤にメールをしましたが、届かずに返って来てしまいました。ショックです。』
「先輩、アドレス変えたの坂上さんに送ってないんですか? なんかショック受けてますけど」
「送ったよ。登録しわすれてるんだろ。坂上うっかりしてるし。で、俺に用事あるって?」
「なんか橘さんがひきこもちゃって大変どすって書いてます」
「ほっとけば良いでござるとでも返しとけ」
「ひどい!」
友達甲斐のない会長に非難の声を浴びせる。これじゃあ一生友達として仲良くする作戦はダメだ。こいつはひどい男だ。
「シンの友、略して親友じゃないんですか! ひきこもっちゃったら俺がなんとかする! だって友達だから! とか言って下さいよ」
「やだよ、面倒くせえ」
「ひどい!」
また非難すると、会長は本当に面倒くさそうにして、本の間にしおりをはさみ、俺に向き直った。
「どうせ宮田がなんとかするから俺の出番なんてないの」
「宮田さんですか」
「橘は夏になるとじめじめすんだよ。これ毎年なんだけど」
「なんでですか?」
「寂しくなるんだろ。休みになると余計に。あいつ、自分はひとりぼっちだと思ってるから。俺だっていつか離れていくと思ってるし、木戸にも他の委員にもそのうち愛想尽かされると思ってる」
そう言って会長は可笑しそうに笑った。目だけは優しく。
「バカだろ、橘」
「そうですか?」
「バカだろ。ほんとは寂しくてしょうがないくせに初めから期待しないことで身を守ってるんだよ」
「先輩はきっと、ひとりぼっちになったことがないからそんなこと言えるんです」
「こんな考えもあるくらいで聞いてよ。けど、まあ、そうかもね。でも、橘にはたくさんいるから。俺だってそうだし、宮田なんて中学生の頃から好きなの隠してないし、ひとりだって思ってるの多分本人くらいだろ」
「そうなのかなあ……」
「そうだって。それかマゾかだな」
「マゾっすか」
「だって期待して外れたら一通りしょんぼりしてまた次行った方が楽なのにさ、初めっから裏切られること前提で物事考えて、疲れる方を選んでる。だから」
会長はなんでもないことのように言って、窓の外に目を向けた。そして、次々に流れていく景色を楽しそうに眺めている。
俺は、会長と委員長だったら委員長タイプの人間だ。というか、もし俺が会長タイプの人間だったら、会長が俺のことを好きだと知った時点で舞い上がり、勢い余って抱きついているだろう。
けど、端から見たらいらぬ心配ばかりして、うじうじと悩んでいる。
「ま、一夏かけて宮田が無償の愛で橘を包み込んで、最終的に橘のなんか知らねえ固定概念が瓦解してハッピーエンドって睨んでるけどね、俺は」
「そうなったらいいけど」
「おー、俺たちもハッピーエンド目指そうな」
「……まあ、目指すだけなら……いいのか?」
「ん? 何ぶつぶつ言ってんの?」
「ちょっとほっといて下さい。俺、人生について考えるから」
「そう? あ、最後はハッピーエンドな、ハッピーエンド」
「善処します」
俺はそう言って、会長を視界から外すために腕を組んで目を閉じた。
ぎゅっと瞑ると、瞼の裏に宇宙が現れる。いっそのことそこから本物の隕石が落ちてこないかと思ったが、そんなはずはなく、俺はひとり思考の旅に出た。