イタチごっこ
「僕は、ボーイズラブは直訳すると少年愛になると思うんだ」
「はあ」
「しかし、僕が好きなのは少年ではなく青年同士の恋愛なのだ。固い絆が好きなんだ。そして、それは少年ではない。そこが悩みどころだと思う。木戸が望むならいくらでも本は貸そう。漫画でも小説でも何でも持っていけば良い。ただ、少年愛に青年同士の恋愛を含めてよいのかどうかについての意見を聞かせてくれ」
一息でミキちゃんの仲間――山田が言ったが、早すぎてよく聞き取れなかった。
とりあえず、考えておく旨を伝え、本棚に隠された本を物色する。
山田もミキちゃんに負けず劣らずの腐男子だが、山田の本棚には厚めで真面目そうなタイトルの本がたくさん並んでいる。
「おすすめは?」
「どういったものが読みたいんだ?」
「なんか、リアルな感じの大人の本」
「大人の本?」
「サラリーマンとか」
「そっちの大人か」
「他に何があんの」
山田が座っていたベッドから立ち上がり、神経質そうに眼鏡のずれを直して本棚に向かって来る。その様子はすこし父さんに似ていた。
女装が好きだと告白した父さんを思い出す。その時はなんだかうれしさが勝ち、何も考えていなかったが、ふつうだったら自分の父さんが息子の女装にときめいているなんて、気持ち悪いしショックなのかもしれない。
「あとさあ、女装男子って需要あんの?」
「そっち方面は三木と比嘉が詳しいな。僕はまだ女装男子ならBLでなくてもいいのではないか、いやいやもしかしたら男が女のようであることに意味があるのかもしれない――との葛藤がある。どこから見ても男子ならばいいが、例えば、皆取が女装をしても一切の萌えを感じない。あいつが女装をすれば女の子にしか見えないだろうから、そうするとBLである意義を見いだすことが出来ないのだ」
「ふーん。まあ、その話はいいや。リーマンの教えて。できればハッピーエンドで」
「なんだかひどいな。聞いて来たくせに」
「ごめーん」
一応謝ると、山田は大人びたため息をついて数冊本を取り出した。
「ほら、これなんかどうだ?」
「どんなの?」
手に取り、背表紙に目を通す。
そこには堅苦しい文章で堅苦しい説明が書かれている。
「キリスト教の影響で男色文化が禁忌とされた時代の話だ。サラリーマンではないが、様々な困難を乗り越えて幸せを掴む姿に感動する」
「いいじゃん。ありがと」
「偉そうに。……木戸の役に立つかはわからないがな」
「どういう意味だよ」
「別に。ちょっとした意趣返しだ」
隣で山田がいやみたっぷりに笑う。
山田の言っている意味は嫌というほどよくわかったし、否定もしないが、素直に肯定したくもない。
山田はミキちゃんの仲間である前に、俺のバイ仲間でもあるから素直に言ってしまっても良いが、こいつにはなぜかあまり素直になりたくないのだ。本当になんとなくだけど。
でも、もしかしたら、すこしだけ父さんに似ているからかもしれない。
「木戸」
「何」
「バイは良いな」
「は? 何急に」
「単純に考えて、ときめき2倍だ。恋愛対象としての選択肢が多いからな」
「ポジティブだね。それを言うならつらさも2倍だと思うんだけど。世の中出たら男もいけるやつなんてすこししかいないし」
「否定的な考えは身を滅ぼしかねないぞ。ストレスは健康の敵だ」
「白い顔してよくいうよ。じゃあね、これ、借りてく。ありがとう」
礼もそこそこに山田の部屋から出る。
山田はおせっかいで、いつも何かを見透かされて諭されている感じになってしまう。だから今日は用件だけで済ませようと思っていたのに、見事に失敗だ。
俺だって、もうすこし前向きに考えられたら良いことはわかっている。けど、俺は面倒臭がりだから苦労をしたくないのだ。
つらい思いをしたくない。傷つきたくない。
だからたくさんの予防線を張って、幸せはなくても平穏に暮らしていく道を探してる。
ここまできても俺は、傷つく「危険性」を孕んだ幸せではなく、はじめから危険なんて何もない平凡が欲しい。
帰りの電車のなかで、会長が言ったことを思い出す。
会長は、期待が叶わなかったら落ち込んで、また次に行った方が楽だと言った。
そうなんだろうな、とは思う。
けど、一歩を踏み出せない。前に人と付き合った時も、俺は割と本気で好きだった。
周りは絶対続くもんかと笑ったが、俺たちは本気だった。
いきなり襲いかかられて怒って別れると言ったが、あっさり身を引かれるなんて思わなかった。
周りの、やっぱり強気と強気は続かない――という声に本気で落ち込んだ。
だって、ずっと一緒にいられるものだと思っていたから。
会長だって、いつ心変わりするか分からない。もうああいう思いはしたくない。思いが通じ合うのは奇跡だが、それが途切れるのは奇跡なんかじゃない。
小学生の頃、友達と何週間もかけて草を編み秘密基地を作った。しかし、それは一晩の大雨で無惨にも崩れ果ててしまった。
一生懸命時間をかけて作っても壊れるのはすぐだ。会長だって、いつか俺が嫌になるかもしれない。
それがいやなんだ。
思考が堂々巡りをしているのがわかる。いつまでも思いあぐねていてはいけないと思うのに、前に進めない。
答えはもうわかってる。
俺は、なぜか知らないけど、会長のことが好きだ。悩みすぎてはげそうなほど好きだ。
俺が円形脱毛症になったら十中八九会長のせいだから、治るまでのつけ毛を請求しよう。
ふと思考の世界から戻って来ると、目の前には非常階段がある。
ポケットには、携帯電話の重み。
さらに指が勝手に「今から行きます」とメールの文章を打ち込む。
足は、会長のいるフロアへと上がろうとする。
すべて自分の意識下で行っているにもかかわらず、俺はすべて自分の器官が勝手にやったことだと思い込こもうとしている。
女々しい悪あがきだ。