不毛な恋(砂漠編)
チャイムが鳴ったのでドアをあけたら、ミキちゃんと比嘉が立っていた。
いらぬ男を連れて。
「いらないってひどくね?」
「だって佐原うぜえし。何でいんの? 不良は風紀の敵なんです」
「いやあね、ついに木戸が大人になっちゃったって噂聞いて」
「はあ? 何それ」
「会長と一週間どこ行ってたの? もう俺興味津々!」
佐原がにやにやと笑う。佐原はあいさつ代わりに下ネタをいう男だから、答えずに、しぶしぶ3人を部屋へと促す。
「ミキちゃんと比嘉だけなら俺もまじ歓迎ムードだったんだけど」
「やあねえ恭弥くんったら素直じゃなくて」
「おれだって今日は来させない気だったんだよ。話題的に佐原うざいし」
「え、比嘉それひどくね? 真面目な顔してひどくね?」
真剣そのものの表情で言う比嘉に、さすがの佐原も傷ついたような顔になった。
佐原と比嘉は小学校の頃からの幼馴染で、人をからかうのが大好きな佐原も比嘉だけはからかわない。
からかうとしても、見ているこっちが恥ずかしくなりそうなほど優しくからかう。
共有スペースという名のリビングに入った3人は思い思いのところに腰かけた。ミキちゃんはクッションの上に座り、比嘉と佐原はその向かい側にあるソファに並ぶ。
俺は冷蔵庫から冷えた100%りんごジュースを持って3人に手渡し、ミキちゃんの隣に座った。
「今日用あるのはおれなんだけど」
比嘉が少しだけ顔を赤らめた。
眉間には相変わらずしわが刻まれているが、不機嫌だからではなく照れているからだ。
「比嘉りんごみてえ」
それをみた佐原が朗らかに笑う。
「うるさいな、黙ってろ」
「おっけー」
そんな二人を、ミキちゃんが複雑そうな目で見つめているのが気になった。というか、今日ミキちゃんは一回も声を発していないし、どうしたんだろう。
いつもはふたりがわいわいしているのを「不良×強気萌え!」と言って喜んでいるのに。
「……おれさあ」
比嘉が口ごもる。比嘉の緊張が伝染したのか、室内に緊張が走る。
俺はいやな空気から逃れるため、手にしていたリンゴジュースのプルタブをぷしゅりとあけた。
「またミチルと付き合うことにした」
「……へ?」
ミキちゃんがさらに複雑そうな表情になり、佐原の笑みが一瞬だけはがれたのを俺はしっかりと見てしまった。
「そ、そうそう! 聞いてよ木戸。木戸が会長と愉しい官能の7日間を過ごしてる間にさ、こっちも色々あって比嘉と会計がくっついたんだよ! もう会計が必死な形相で大立ち回りをして、比嘉がスキー! って叫んでさ! リバース!」
佐原がわけのわからない英単語を口に出すが、一言でいうと痛々しい。
「そんなんじゃないじゃん! だから今日は来てほしくなかったんだ」
「俺あの瞬間の生き証人だからさ」
「言葉の選び方結構間違えてるって、お前」
「お前! なんだいあなた!」
「……テンション変」
比嘉くんそれは平静を保つためですよ。気づいて御上げなさい。
とはいっても、俺やミキちゃんからみたら佐原が比嘉を好きなことは一目瞭然だが、比嘉は鈍いのか佐原の好意に全く気付いていない。
長く一緒にいるから、もうそれが当たり前で、比嘉の中での佐原は親友以上のものなのだ。友達でも家族でも兄弟でも親友でもなく、「続柄:おれと佐原」。そのくらいの固有の存在だ。多分、比嘉は常盤さんと佐原が溺れていたら、迷いながらも佐原を助けるだろう。
比嘉にとって佐原は一番大事な存在だが、それは恋ではないし、恋にはなりえない。だってそれは、恋よりももっと尊いものだから。
一番大切なのに、そのベクトルが違うだけでこんなにもすれ違う。
佐原の恋は一生叶うことはない。
「木戸にも言っとかなきゃと思って」
「うん。ありがと。つうか何で別れたの? って思ってたけどね、前に話聞いてて。復活するのも当たり前だよねえ」
「やっとかって感じ」
そして、俺とミキちゃんは佐原に気を遣わない。どうにもならないことは、乗り越えるしかない。
「そもそも比嘉ってなんで常盤さんと別れたの?」
ミキちゃんが改めて尋ねると、比嘉が気まずそうに、不機嫌そうに眉間に皺を作り、口を開いた。
「……そん時はわかんなかったんだけど、おれが長男で跡継ぎだからだって。す……すごい」
「すごい?」
「……どうしようもないくらい好きになる前に離れなきゃダメだって……思ったらしい」
「……顔真っ赤」
「比嘉可愛いー」
「比嘉愛してる!」
佐原は冗談っぽく、だけど真摯に愛を告げたあと、手を付けていないままのリンゴジュースを持って立ち上がった。
「比嘉見てたら俺も恋したくなってきた。優太君!」
「何? きもい呼び方」
「恋を探しに行こう!」
「……どこに? いいけど」
「ミキちゃん優しい好き! 二番目に!」
「二番目かよ」
「俺は?」
「木戸? 喜べ! 下から一番だ!」
「わお」
佐原はミキちゃんを引っぱってドアへと向かった。二人の背中を、比嘉が見つめている。比嘉は、二人が部屋から消えたあとも、ずっと眺めていた。
「比嘉?」
「あ、ごめん」
「どうしたの?」
「おれさ、ひどいかなあ」
「……何が?」
「木戸さ、会長とお母さんどっち好き?」
「は?」
唐突な質問に戸惑う。会長と、母さん?
「わかんねえよ」
そういうと、比嘉が「やっぱ会長のこと好きだったんだ」と笑った。
「……はめた?」
「はめてない」
「そ」
「ん。でさ、わかんないでしょ」
「うん」
「おれも、ミチルと佐原のどっちが好きって聞かれてもわかんないんだ。佐原はなんていうの、家族以上? 空気って感じ。いなきゃ生きていけない。ミチルは、いなくても生きていけるけど、いなかったら生きる意味がない」
「……すげえこと聞いた気する」
「おれ本人目の前にしないと結構素直で情熱的なんだ」
「本人目の前に素直になるのは負けだよね。はずいし」
「そうそう」
「わかる気する」
「うん。……でもおれ、ひっどいよなあ」
比嘉はそういったあと、穏やかに、でもさみしそうに微笑んだ。
「木戸」
「比嘉」
「そうじゃねえよ。木戸さ、なんも考えないで会長と付き合っちゃえばいいんだよ」
「何だよいきなり」
「会長も木戸のことが好き、木戸も好き。しかも恋愛感情で。これってすごいことだよ」
「知ってる。つうかお前なんか常盤さんから聞いただろ」
「話そらさないでよ。でさ、それなら付き合っちゃえばいいんだよ。どうせ自分で悩み作ってうだうだしてるんでしょ」
「そうだよ」
「自覚あんのか」
「もちろん」
比嘉があきれたように笑う。俺も笑うが、その表情はきっとどこかの悪役みたいだっただろう。サバイバル小説でいうと、3番目に命を落とす感じだ。
一つ息を吐く。
「俺さ、一生会長と一緒がいいんだよ」
「うん」
「けど、俺にそんなに好かれるだけの素質あるのかって考えたらなくてさ。振られたくないんだ」
「おれも」
「それに、この学校普通じゃねえだろ。だから、卒業したら会長がノンケに戻る気がして。俺と付き合ったのを失敗だったって思われたら、立ち直れない」
「会長ってそんなに信用ねえの?」
「あるから困るんだよ。振られたくねえけど、好きじゃないのに優しさだけで付き合ってもらうのもいやだ」
言いながら、俺はどこかすっきりした気持ちになっていた。
考えが音になって外部に出ると、自分の耳に入る。そうすると、どこか客観的に考えられる。
俺は、不毛な悩みを抱えている。ほんとうにどうしようもない。
俺は、どんな答えがほしいのだろう。考える。
きっと、答えはいらない。誰に聞いても、未来のことなんてわかるはずはない。それこそタイムマシンなんて非現実的なものに頼るほかない。
俺は、誰かに「大丈夫だよ」と言ってもらいたいだけだ。それか、もう悩むことが目的になってしまっている。
「俺、会長のとこにいこうと思うんだけど」
「じゃあミチルのとこに行こうかな」
比嘉と一緒に部屋から出る。
今なら、ノリで会長に思いを伝えられる気がした。
比嘉が会計に電話をかけている間、窓から外を見た。
すると、佐原と、佐原に引っ張られるミキちゃんが見える。
佐原の恋は、まるで砂漠一面に満開の桜を咲かせるようなものだ。花咲か爺さんもお手上げだろう。
「あ、でも最近サハラ砂漠は緑化してんだっけ?」
いつか授業でやった気がするが、忘れた。
けどもし本当だとしたら、佐原にも花が咲くかもしれない。サハラだけに。
「木戸、何ほうけてんの」
「親父ギャグ考えてたんだよ」
「へえ。まだ早くね?」
「いいのいいの」
佐原に幸せやってきますようにと、親父ギャグを考えながら心から願う。