指さし確認
佐伯君が、会長親衛隊の過激派が「休み明けに動くかも」と言っていた。
俺は、ああ、そうなんだ、と思い、まだ一か月も夏休みは続くわけだから、ゆっくりと対策を練ろうと思った。
「あーあ……」
深い深いため息をつく。
部屋のどこかで、淋しく落ちる水音がした。もっと遠くでカラスがなく声が聞こえる。人が出す音はしない。しても俺。
ここはおそらく旧校舎のどこかの教室。埃っぽく、まだ昼間だというのに薄暗い。
散歩でもしようと外を歩いていたら、頭を殴られて意識を失い、気が付いたら後ろ手に縛られて転がされていた。
足は動くからまだなんとかなる気がするが、ただ一つ、トイレが心配だ。
殴られてもいい。
ののしられてもいい。
漏らしたくない。
今はまだその兆しはないが、それでももって8時間。
教室内を歩き回ったり蹴り回ったが、出られずどこかもわからなかった。
だから待つしかない。
このまま放置はさすがにないだろうし、これが会長親衛隊の仕業だとしたら、何かしてくるはずだ。
だから、誰かが来た時が逃げるチャンス。ドアが開くから。
俺はとりあえず誰かが来るのを修行僧が禅を組むように、集中して無心で待つことにした。
*
「んー……。はっ」
違和感に目を覚ます。目を覚ます?
「寝ちゃダメじゃん!」
「いいんじゃない?」
寝ぼけていたが、答えが返ってきた途端鮮明に周りが見えだした。
さっきと同じロケーションで、俺はでかい男3人に囲まれていた。一人はカメラを構え、一人はにやにやと下卑た笑みを浮かべている。見えてる以外にもいるかもしれないが、他は暗くてよく見えない。
「……つうか何してんの」
思わずあきれた声が出る。
男の一人が俺にまたがって、腹のあたりをさわさわしている。ムードもくそもないから一切気持ち良くない。
「木戸くんついに会長とくっついたって話聞いて、確かめようと思って」
その優男が優しく口を開く。こういうときに気を付けなければいけないのは、見るからに危ないやつじゃない、優等生然とした奴の方がやってることがやばい確率が高い。
「あ、そうなの。ご苦労なことで」
「会長と一週間どこにいたの?」
「旅行。つうか誰? 他校生?」
「なんで?」
「あんたのこと見たことないし」
「……全員覚えてるの?」
「覚えさせられたんだよ」
余裕ぶっているが、他校生だったらやばいなと思った。
おそらく男相手にこういうことをしちゃうのはトウマの通ってる学校の生徒だとは思うが、だとしたらこの学校の生徒にきく脅しがきかない。
何する気かはわからないが、何をされてもどうにもならない。
トウマの話によると、トウマの学校の方がこっちよりも金でなんでも揉み消せるらしい。恐ろしいところだ。
「……何すんの? なぐんの?」
「殴るなんて野蛮なことしないよ。確認するんだよ」
「確認? なんの?」
「会長さんとどこまで進んだか」
「どうやって?」
「聞きたいの?」
「……やめとく。つうか進んでないからね、何も」
まあ、風呂に入って同じベッドで寝たり告白しあったり別れるときは殺して! と頼み了承を得たが、おそらくこいつらの言っているのはからだ的な意味だろう。破廉恥だ。
「うっそだー」
「ほんとー」
男はそういうと整った顔に極上の笑みを浮かべた。はっきり言ってタイプだが、この状況だとそうも言っていられない。呼吸を整え、俺は思いっきり俺好みに整った顔に頭突きをした。
「うご!」
でこへの衝撃で目の前に星が飛ぶ。しかし男の方が被害が甚大で、格好悪い呻きとともに崩れ落ちる。男は依然として俺にまたがっているが、俺はそいつを膝で押しのけて立ち上がり、目を丸くして突っ立ってるバカ二人に詰め寄った。予備動作はいらない。流れのまま、股間を思いっきり蹴り上げる。すると、いやな感触がすねから服越しに伝わった。ご愁傷様と、心の中で手を合わす。
そうしてすぐに体をもう一人の方に向け、駆け出す。視界の隅で俺に股間を蹴られた男がうずくまり身悶えているのが見えた。
残りの一人がはっと我に返り身構えるが時すでに遅し。
俺はまた容赦なく股間に足を叩き付けた。その痛みを想像して自分のも縮み上がるが、これは正当防衛だ。過剰な気もするが、気にしない。
こんな平凡な俺に手を出そうとしたのが悪い。
3人の亡骸を背にドアの方へと向かう。入ってきたときに鍵は掛けなくてもいいと判断したのか、けったらドアが開いた。
木造の由緒ある廊下に出る。
やはり旧校舎だった。窓から外を見たら、木が下に見えたからおそらく3階あたりだろう。
手を縛られたまま外に出るのは気恥ずかしいが、どこまで進んだか確かめられる方がもっといやだから、俺は走って旧校舎をあとにした。
*
「ばっかじゃねえの。何でのんきに保健室でお茶飲んでんだよ。今行ったらもう誰もいなかったしよお。ほんとばっかじゃねえの」
「口悪いんだけど」
「敬語使えよてめえは」
保健室の先生の計らいでベッドを与えられた俺を、生徒会顧問の千田(ちだ)先生が高圧的な態度で見下ろす。
なぜ生徒会顧問がきたかというと、ただ単にほかの先生たちの大部分が帰省しており、残った中で一番の下っ端が千田先生だったらしい。保健室の先生――花さん(男)が言っていた。
しかし千田先生が偉そうなのは普段からだから気にならないが――
「そもそも普通に拉致られてんじゃねえっつうの。ほんとに風紀かよ。情けねえな。注意が足りねえんじゃないの。俺の時とは雲泥の差だな、まじで。つうか去年のやつらが腑抜けだったから立て直すために赴任して来たのによ、配属されたのが生徒会なんて何かの冗談だろこれ」
千田先生が大げさに肩をすくめため息を吐く。
在校生時代に風紀委員長だったからか、風紀委員のこういった失敗にはぐちぐちぐちぐちうるさいのだ。それが面倒くさい。
「別に何もなかったんだからいいじゃないっすか。うざ」
「うざってなんだよ。あほ。つうか何もなかったからぐちぐち文句言えるんじゃねえか。俺だって木戸がめそめそしてたら慰めるよ」
「いりません」
「……進藤連れてくる?」
「いりません! なんでそこに会長が出てくんの」
「いや、だって、そりゃあ。……なあ?」
「なあってなんすかなあって!」
片頬上げて愉快気に笑う千田先生に背を向けて布団をかぶる。
付き合いきれない。ていうか、教師の間にまで噂が広まってるとか信じたくない。生徒会顧問だから知っているのだと思いたい。
「多分隣の山の高校だろ。顔覚えてる? 名簿――」
「これはここで終わりです! 監禁されただけだし、犯人捜しとかいいですから」
「だめだろ」
「いいんです! 俺、別に被害者だとか思ってないし、キンタマ思い切り蹴り上げたりで、あれ絶対過剰防衛ですよ」
「……本当にいいのかよ」
「わかるでしょ、先生だって。男に襲われましたなんて言いたくないんですよ、俺」
「……気をつけろよ。進藤がらみだったら、俺とか、3日後に田中ももどってくるから、学校始まるまで住んでもいいし」
「大丈夫です」
「そう? 待ってるよ」
布団にもぐりこみ、待たなくてもいいですと伝える。
今回だってなんとかなったんだし、俺は風紀委員だ。強くなければいけない。
そう思っていると、布団の上から手が置かれた。
「じゃあ、俺とりあえずは行くけど」
「さっさと行ってください。ありがとうございます。どうも。さよなら。感謝してます」
「かわいくねえな」
千田先生は苦笑し、手が置かれる感触もなくなる。
はっとして布団から顔を出すと、千田先生がベッドが置かれている部屋から廊下に出ていくところだった。
「先生! 誰にも言わないでくださいよ! これ、花さんしかしらないから」
「意見を尊重してやろう」
「どうも!」
千田先生は最後まで上から目線を崩さずに出て行った。
しかし、今日で会長親衛隊の過激派が本気で俺を木端微塵にする気だということが確認された。
明日から、いや、今日部屋にもどったらがちがちに武装しよう。
けど、会長から距離を置くのは悔しいから、いつも以上に近づく。
相手を逆なでする行為だということはわかっているが、俺は保身よりプライドと欲望を取る。
今は少しだけへこんでいるから、大丈夫になったらさっそく会長のところに行って、無駄にべたべたしようと決めた。