法蓮草(前)
「なんか本当めでたいんですけど。俺本当に恭ちゃんがこれほど萌えを供給してくれるなんて思わなかったありがとう大好きだよ」
「俺も好き」
変なやつらに襲われた翌日、俺はやっとつかまったミキちゃんに色々な報告をした。会長に別れるときは殺していただく約束を取り付けたこととかをいうのは恥ずかしかったが、ミキちゃんはヤンデレ萌え! と叫んで喜んでくれた。
ミキちゃんは比嘉によると、ずっと佐原の相手をしていたらしい。国境を越えたとか越えなかったとか、そんなことも言っていた。
「根掘り葉掘り聞かなきゃ。夏休み入ってから今まで何があったのか」
「ミキちゃんも。すげー疲れてんじゃん。……大丈夫?」
「大丈夫。ただ、佐原が元気すぎて……」
「空元気か」
「ほんとに晴れやかだったら良かったんだけど」
そう言ってまどろむミキちゃんは、しかし、すこしだけうれしそうな表情をしている。それが俺と会長とがくっついたのか佐原に対してかはわからないが、とりあえずかわいい。
「ほんと恭ちゃん良かった」
「どうも。……ミキちゃんと竜宮ラブのおかげだよ」
「そうなの?」
「うん」
ミキちゃんは不思議そうな顔をした後、最後、どうやって終わるんだろうねと言って、倒れるように寝た。余程疲れていたのだろう。おやすみ、ミキちゃん。
ミキちゃんの寝顔を写真に撮った後、俺は自室に帰ろうと、ミキちゃんの部屋から出た。
ミキちゃんの部屋の向かい側に俺の部屋はある。
そこに、さらさらの茶色い髪を持ち、凛と立った男の後ろ姿があった。
その人は、ドアが開いた音に気が付き、振り向いた。
「木戸。遅いですよ」
「……坂上さん」
「メールの返事、私待っていましたのに」
「すみません。つうか、会長から行ったでしょ」
「それでも返事が来ないとさみしいじゃないですか。私はあなたにしたんです」
「ごめんなさい」
「金輪際無視しないでください。さみしいです」
「すみません」
本当にさみしそうな顔をする坂上さんに、罪悪感が湧き上がる。あの時会長任せにしないで、『ほっとくでござる』の一言だけでも送ればよかった。
「ごめんなさい」
「そんなに謝らないでください」
「申し訳ないです」
坂上さんがばつの悪そうな顔をする。俺は、坂上さんを部屋に促した。
坂上さんは、初めて来た時と同じように姿勢よく俺が用意した座布団に座った。それを見つつ、ステキなティーカップに紅茶をつぐ。
坂上さんの前にそれを置き、俺はテーブルを挟んだ向かい側に座った。神妙な面持ちで紅茶を見つめる坂上さんを眺める。
坂上さんはすこし疲れた様子で紅茶を一口すすると、おいしいです、と小さく呟き、深く息を吐いた。
「……私、橘を木戸になんとかしてもらおうと思って来たんです」
坂上さんが視線をテーブルの端にやった。そこには何も無い。あえて何かあるとするならば、坂上さんの照れかなにかをそらすための端がある。
俺は坂上さんの言葉を疑問に思った。橘さんと会長の仲は結構有名だが、坂上さんが橘さんと仲がいいと聞いたことはない。
坂上さんが、どうしてここまで委員長のために動いているのか不思議だった。
「どうしてそんなに一生懸命なんですか? 坂上さん、委員長と仲良いんですか?」
「……あまり話したことはありません」
「そうですか」
俺はいよいよわからなくなった。確かに、自室にひきこもってしまったら心配はするが、俺も結構騒いで会長に突っかかってみたりしたけど、夏休みにひきこもることなんてそれほど珍しいことではない。
買いだめすれば、俺だって二週間は余裕で部屋から出ない生活ができる。
俺が訝しがっているのが坂上さんに伝わったのか、坂上さんがちらりと俺をみて、再び口を開いた。
「……宮田君に」
「宮田さん?」
「そうです。あの、私、宮田君に、橘をよろしく、と言われたんです」
「……よろしく?」
「夏休みの7日目くらいに、宮田君に、どうしても一日だけ学外に出なければいけない日があったのです」
「はい」
「その日、橘がひきこもりました。その前にとんでもなく追い詰められたような顔色をしていたのを見たので、私はどうしましょうと思い、木戸にメールを送りました。宮田君には……橘をよろしくと言われていたので、送れませんでした。頼まれたその日にあんなことになってしまったからです。幻滅されるのは嫌でした」
「そうですか」
「はい……。私は、人をよろしくされるなど、そのような重大な任務全うできないと言いました」
坂上さんはそこで一旦言葉を切り、本当にそれが国家機密にでもかかわるような深刻さを含んでいるかのように、口を真一文字に結んだ。
「けれど、宮田君は、私ならできるのだといったのです。信用してもらって、頼みごとをされるなんて、初めてなんです」
坂上さんが、引き締めた顔を元に戻し、照れたように頬を染めた。
「宮田君とは、水泳大会の準備のときに、いっしょにお仕事をして、友人になりました」
「へえ」
「友人からの頼まれごとですので、一生懸命職務を全うしようと決めました」
「はい」
「でも、私は、人を慰めるすべを知らない。それが情けないんです。私は優しくないから、何をすればいいのかわからない。一旦は帰って来た宮田君は、すぐに帰って来るとは言いましたが、また実家に呼ばれてしまいました。私は、今度こそなんとかしたいと思いましたが、やはりどうすればいいかわからないんです」
友人、と柔らかな表情で言った坂上さんの顔が曇る。
優しくない人は、そもそも自分は優しくないから――と悩むことすらしないと思うが、ここで俺が坂上さんに何かを言っても無駄なような気がした。
言葉は難しい。
言葉には意味があるけど、思ったことを感情を含めて人に伝えるのは至難の業だ。
どれだけ相手のことを思って、良い台詞を言ったとしても、うまく伝えられなかったらそれはただの偽善的で寒いだけの言葉になってしまう。
逆効果にさえなってしまうこともあるかもしれない。
伝えるのは難しいくせに、人は伝えたいと悩む。
それに、どうすればいいかなんてこと、俺にも分からない。
もしも俺が答えを持っているとして、それが正しいのかもわからないし、俺が正しいと思ったことは自分自身でやらなければならない。
坂上さんには坂上さんの役割があり、橘さんに対してだって坂上さんしか出来ないことがある。
そしてそれは、坂上さん自身で考えなければならない。坂上さんが悩んで、自分一人で答えを出さなければならないのだ。
エゴと偽善で手伝っちゃダメだ。
なんとなく、そう思った。
「俺も、どうすれば良いかわからないです。俺は、橘さんじゃないから」
「そうですね……」
「けど、行ってみようと思ってました。別に、坂上さんが来たからでも橘さんが心配なわけでもないですけど、なんとなく、ほら、俺一週間里帰り? してて、おみやげ! おみやげがあるんで。あ、坂上さんのは会長が持ってるんで、後日!」
けど、そうは思っても暗く切な気な顔をする坂上さんを見ていたら、自分の口から次々と嘘が出て来た。驚いたことに、一週間の里帰り以外みんな嘘だ。
だけど俺がそう言ったことで坂上さんの顔がすこしだけ晴れやかになったから、まあ良いかと思った。
これから、橘さんの所に行ってみよう。