嫉妬する話
今までそれほど深く考えてこなかった。しかし、色々落ち着いた今考えると、深く考えなくてもあれはないんじゃないか?
俺は、悶々とした頭をかき回した。とりあえず橘の所に行かなければと思って玄関から廊下にでる時、ふとみえた乱れた髪の自分が格好よかったが、別に何も感じない。
見た目がどうであっても、今は他に大事なことがある。
「橘!」
インターフォンを鳴らしながら橘を呼ぶ。ふと、昔のことを思い出した。橘がまだ俺のことを名前で呼んでいて、俺もあいつのことを名前で呼んでいた時代。
恥ずかしいから――と橘が言って名字にシフトしたが――
うるさい、と不機嫌そうに顔を歪めた橘が現れる。実際はそんなに表情が変わっていないらしいが、少しの変化が俺にはわかる。
「つうかSMの方恥ずかしいだろ。だめじゃねえか、ばかやろう」
「……いきなり何」
橘は、うんざりとした様子で俺を眇めに見ながら、一旦開けたドアをしめようとした。閉まる前に足を入れ、無理矢理室内に入り込む。
「綾音ちゃん強引ー」
「ちゃん付けはすんなよ」
「で、何なの? SMとか意味わかんないんだけど。お願いされても俺、進藤とはしたくない」
「俺だってしたくねえよ」
「じゃあ何? ああ、SMの方が恥ずかしいんだっけ? 何と比べて?」
「木戸とSMしたろ、お前」
俺よりも身長の低い橘を、見下ろしてみる。なるべく威厳を持たせて。
橘はしばらく考えてから、面倒くさそうに、ああ、と呟いた。
「確かにしたよ。何度か手伝ってもらった。今はもう商品開発なんかどうでもいいからしてないけど。ていうか、進藤と付き合いだしたからもう頼まないよ。つうか妬いてんの? 時間差妬き? 俺もう頼まないよ」
「……そう言う問題でもないんだけど……」
「じゃあ何?」
しれっと言う橘に、文句を言いたい気持ちが萎んでいく。
「……付き合ってないのにエロイことしたらダメだろって思って、来たんだけど」
「だから、時間差妬きでしょ。まあ、悪かったよ。つうか時間差妬きするくらいなら今すぐ行って押し倒しちゃいなよ」
「出来るわけねえじゃん」
「なんで? 恭弥君押しに弱いよ。優しいし。ガって行ってドッとねじ込んでガン! て感じに頑張んな」
「意味わかんねえよ」
「貸す?」
「何を?」
「……縄とか?」
「あんの!?」
「言っとくけど俺の趣味じゃないから」
「どうでも良いってお前の趣味なんか」
橘は、興味なさげにふーん、と喉を鳴らした。目の奥で早く帰れと訴えている。
自分でも、いきなり来て変なことを言って玄関に入り込んでくるやつは迷惑極まりないと思う。
でも、大人しく謝るのもなんだか悔しいから、俺は格好悪く悪役染みたことを言って橘の部屋をあとにした。
後ろから橘が応援してきたが、受け取らずに背中ではじき返す。――イメージをする。
橘に言われたからと言うわけではないが、俺はなんとなく木戸の部屋に向かった。
「……玄関から来たんだ」
木戸が愛想も何もなしに俺を出迎える。
「からまれたい! って言ったの木戸じゃん」
「まあ、そうですけど」
玄関の外に突っ立っている俺の袖を、木戸がくいくいと引き寄せる。入ってこいという意味だろうが、かわいい。
木戸が好きなら橘もタイプなんじゃないの――と言ってくるバカもいるが、橘はこんなにかわいいことなんかしないし、男で好きなのなんて木戸だけだ。
「木戸さあ」
「何ですか?」
リビングを過ぎたあたりで木戸に問いかける。その時に、なにやら変な物音がした。自然と足が止まり、音のありかを探す。
「先輩! 何止まってんの! 早く部屋に入ってください」
そうしたら、木戸に怒られた。そして、袖を引かれて木戸の寝室に引き摺られていく。
部屋に入った木戸は、すごい勢いでドアを閉め、鍵をかけた。
「失敗した! あんたが来たときどっか行けばよかったんだまじでどうかしてた俺!」
「……何?」
聞くと、木戸が顔を真っ赤にして伏せ目がちに呟いた。
「三番目の恋人連れ込んでるんですよ、同室のやつが」
「ああ、幼稚園からこの系列の学校に通っていて顔は良くノリも良く人当たりも良いがあまりにも軽すぎて生徒会役員投票の際に票が伸びない多田か」
「……よく知ってますね」
調べたから、とは言わない。ちなみに、少しだけお願いをしたら、何があっても木戸には手を出さないと泣いていた。
「三番目の恋人も三番目の恋人で多田が三番目の恋人らしく、本当に最低のやつらだ。性の乱れ。恋人は一人って決まってんのに! まじで橘さん恋人は一人までって風紀独自での取り締まり許可してくれないかな」
「……無理だと思うけど」
「知ってますよ!」
「あ、そう」
そこで、俺は何となしに木戸に聞いてみることにした。とくに考えがあったわけじゃない。本当に、なんとなく。木戸は、ぶつぶつと文句をたれている。
「木戸はさ、俺が浮気したらどうすんの?」
聞くと、木戸がぴたりと止まった。まるで時間が止まったくらいの静止具合に、すこしだけ驚く。しばし静止した後、木戸が唇を噛み締めた。
「……いいよ」
「はい?」
あまりにも声が小さくて、前半が聞こえなかった。聞き返すと、木戸は責められているように感じたのか、なぜかすこしだけ目の縁を赤くして、半ば叫ぶようにして言って来た。
「だから、女なら良いよってば!」
「はあ? いいの? だめだろ」
「だってしょうがないじゃんか! 相手が男なら怒れるし俺も頑張れるけど、女ならどうしようもないよ」
「俺、女なら良いよって言えないけど」
「俺浮気とかしねえもん」
木戸がくしゃりと顔を歪める。
そりゃそうだ。木戸は気は多いが真面目だし、一途だと思う。相手は俺――自分だけど、それは感じる。
だからこそ、何かあるときは浮気じゃなくて本気だろう。
そんな面白くない想像に、自分でも表情が変わるのが分かった。木戸が、あからさまにびくつく。
「俺、浮気とかしねえもん」
そうして、もう一度繰り返した。
「本気もだめだよ」
「本気? 俺、あんたしか好きになんない」
「そう? 軽く言っちゃっていいの?」
「約束したじゃんか。忘れたんですか? 早速」
木戸が、ベッドサイドに腰掛ける。約束とは、この先訪れる予定のない、あの別れ際の約束のことだろう。
「覚えてるって。もちろん」
約束を取り決めた時のことを思い出して、段々と気分が上昇していく。
それに、今日は良い発見をした。
怯えた木戸は、かわいい。
俺はSっ気も何も無いと思っていたが、怯えた木戸は嗜虐心を煽る。自分でもつまらなく思うほどノーマルだと思っていたが、もしかしたらそうでもないのかもしれない。
「……先輩」
「何?」
復活したのか、木戸がいつもの生意気そうな目を輝かせて見上げて来た。
「俺、どうして常磐さんとか坂上さんとか、あと皆取があんたをすごい怖がるのか、ちょっとわかったかもしれない」
「なんの話?」
「別に、わかんなくても良いけど」
木戸が、満足そうに笑った。