早寝記録

砂糖水

「木戸……」
「なんですか?」

 すっかり寝ていると思っていた会長が起きていたことに、俺はびっくりした。
 電池が切れていると思っていたおもちゃがいきなり動き出したくらいに驚いた。
 
「常磐に言われたんだけど」
「なんかこの時点ですごい嫌な予感がするんですけど」
「木戸さあ」

 寝っ転がったまま天井の一点を見つめていた会長が俺をちらりと見た。

「……なんですか?」

 会長がまた天井に目をやり、俺をちらりと見る。それが数回繰り返された。うざったくなってきた。
 俺は会長に払っていた意識を他に回すことにした。
 手っ取り早く、さっきまで読んでいた文庫本を手に取る。
 ミキちゃんから借りた男同士のあれな本だ。龍宮ラブのふたりは清い関係だったが、今度借りた本では俺も攻めた。
 今度の本は誘い受けのバイブルと言われている『泣きぼくろ』。泣きぼくろ男子の切なくも心温まる物語だ。主人公・南季の素直でなく誰に対しても人を喰ったような態度にひやひやし、ときに彼の態度に苛立ちさえ覚えるがそれでも応援してしまう。
 『泣きぼくろ』は『龍宮ラブ★四季の窓』と同じ作者のものだが、一冊で完結している。まだ半分くらいしか読んでいないが、あと半分で南季とお別れかと思うと今から寂しい。

「南季……」
「なき?」

 俺のつぶやきを会長が捕まえる。それから、わざわざ体を起こしてソファにもたれかかっている俺のところに来た。

「なき?」
「主人公ですよ。これ。ミキちゃんに借りた小説の」
「なんだよ。びっくりした」
「なんでですか。だめですか小説の登場人物の名前おもむろにつぶやいちゃ! って思ったけど、なんかキモいっすね。すいません」
「今度はどんな話? ホモ?」
「もちろんです。誘い受けの話」
「さそいうけ?」
「ネットで調べてみたんですけど、類義語に襲い受、対義語はヘタレ攻めらしいっすよ」
「ヘタレ攻めか……俺には縁のない言葉だな」
「本気でそう思ってるんですか?」
「なんだよ。当たり前じゃねえか」
「アドリブ苦手なのに? 結構テンパッてること多いじゃないですか、あんた」
「なんだよ。随分トゲトゲしてるじゃん。なんなの。機嫌悪いの?」
「別に、悪く無いですよ」
「つうか木戸、俺のことヘタレだと思ってんのか」
「たまにですよ」
「ヘタレ攻め嫌いなの?」
「俺は先輩なら何でもいいよ」

 軽く言うと、予想外の出来事だったのか会長の頬がわずかに赤く色づいた。普段の会長に属性をつけることはできないし、しようとも思わないが、今の会長は確実にヘタレ攻めだ。ということは、わかってはいたが改めて、俺が受けか。
 俺はどちらでもいいが、身長も平均はあり、どこからどうみても女の子には見えない俺が、亀山くん(なんかかわいい)とか南季(綺麗系)と同じ受けカテゴリに所属するなんて気持ち悪いと思った。そして、それと同時に会長が不憫になってきた。
 ノンケなのに、よりにもよって可愛くも綺麗でもない俺と付き合うことになるとは……

「あんたさあ、いまさらだけど趣味悪いよね……」
「何憐れむような目で見てんの」
「いや……よく見たら綺麗とか、俺そういうのもないしさあ」
「よく見たら格好いいよ」
「……それじゃダメなんだって」
「いいじゃねえか。よくわかんねえけど、俺女の子と付き合ってるんじゃないもん。木戸と付き合ってるんだもん」
「だもんってなんですか」
「ちょっときもかったな、俺」

 会長が爽やかに笑った。俺は、全身の血液が一気に両頬に駆け巡ってくるのを感じ、止めようとしたができなかった。こういう時は母さんの裸を思い出せ! そうしたら落ち着くから、というが、そんな破廉恥な妄想できない。俺の母さんは可愛いし……と思うとさらにめまぐるしく激しく血は巡り、倒れそうになる。

「木戸、顔赤え!」

 だから、会長の笑う声だって意識の外に聞いていた。