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付き合いはじめてから三ヶ月が経つ。会長は会長のままで、俺も相変わらず風紀委員のままだ。俺たちの周りで変わったことといえば、風紀委員の人数が3人増えたことと、坂上さんとミキちゃんの距離が近くなったことくらい。あと、この前初雪が降った。
俺と会長は相変わらずの毎日を過ごしている。
「ふたりを見てても付き合ってるなんて思えないよねえ」
ミキちゃんがのんびりと言った。
春にはつんつんと立てていた髪の毛はすっかり伸び、彼の中性的で綺麗な顔が際立つようになった。
「この前すごい良い感じで、ふたりの世界って感じで話してたからこっそり近づいたんだよ」
「どこで?」
「食堂」
「ふうん」
聞いたっていつのことかはわからなかった。ミキちゃんがちらりと俺を見たあとにまた話し始める。
「そうしたらさあ、甘い空気で微笑みあいながら、ゲームの話してんだもん。しかも格ゲー。恍惚の表情でノーダメージ攻略法を力説する会長とそれを尊敬の眼差しで見つめてる恭ちゃん……なんだよ! って思った。あれは愛をささやいてるべきだった」
「いいじゃん別にゲームの話したって。だって本当に会長すごいんだよ」
「いいけど、それならもっと格ゲーっぽい顔つきで喋ってよ!」
「どんなだよ格ゲーっぽい顔つきって」
「あるだろいろいろ! 使ってるキャラ思いだせって」
「美少女だと思って使ってたら男の子だったんだけど。これ3日前わかってさ。どんな顔すればいい?」
「なにそれ萌える!」
「ミキちゃんもやる? 本当に会長強いんだよ」
「やるやる! 女装大好き!」
ミキちゃんの声が大きくなり、周囲の視線が集まった。ミキちゃんはバツが悪そうに頭をかいた。
「それはやらせてもらうとして、なんか、俺心配なんだよ。前もそうだったじゃん」
「前って、藤崎?」
「そう」
ミキちゃんの言葉にかつて付き合っていた奴の顔を思い浮かべる。
藤崎陽向。ひなた、と名前で呼ぶのを小学生の頃から嫌っていた。中3になってクラスが離れてから見かけることはなかったが、最近はまたよく話すようになった。
腐っても友達。腐ったあとも友達だ。
だけど、本当はクラスが遠くなったから会わなかったのではない。俺が意識して会わないようにしていたのだ。
だって、見たらまた好きになってしまう気がしたから。そんな中で俺は会長と出会った。
「恭ちゃんと藤崎、付き合っても全然変わらなかった」
「突っ込む突っ込まれる以外はしてたよ」
俺がそう言うと、ミキちゃんがむせた。
思えば、あの時も俺は怖かった。最後までいったってきっと何があるわけでもないが、やってしまうことで何かが変わる気がした。
気持の良い行為は否定しないし、俺だってやりたくないわけじゃないが、そこがゴールだと思うのだ。しかも、男同士なら尚更。だって異性同士だったら結婚したり子供を持ったりできるけど、それは叶わないのだから。
「突っ込むって……!」
「何? 違うの? じゃあ何が聞きたかったわけ?」
「いや、結論はそうなんだけどさ、そうもあっさり、っていうか、なんていうか」
「俺だって、考えてないわけじゃないよ」
「へ?」
ミキちゃんが意外そうに目を丸くした。
そう、考えてないわけではないのだ。会長と付き合いだしてから、藤崎の顔が頭にちらつくことが増えた。もしも俺が藤崎と最後までいっていて、彼と付き合ったまま風紀委員になって会長と出会っていたら、果たしてどうなったのだろうか。そう考えることだってある。考えてもしようのないことだけど、俺は答えを出せない。会長を好きになるに決まってると胸を張ってはいえない。だって、藤崎と付き合っていた時だって本気だったから。別れて、極力会わないように見ないようにしたのはずっと好きだったから。言ってしまえば、風紀に入ったのだって気を紛らわせるためだ。中学の時の部活の顧問が俺に風紀に入るように勧めたが、頑張れば断ることだってできた。だけど、やってみようと思ったのは毎日がどんよりとしていたから。風紀に入れば生活も変わってどんよりとしたものが晴れる気がした。
もちろん、今の俺にとって好きな人は先輩だけだけど、藤崎のことだって好きだったから、答えが出せない。藤崎と付き合ったままだったら、俺は会長のことを好きになっていたのだろうか。大事なのは「今」だけど、答えが出せないことがとても不誠実だと思った。
会長は俺が木戸家家訓を貫いたからって俺を好きじゃなくなることはないと思うが、それでも不安になることがある。
急に会長に会いたくなった。
「ちょっと俺、用事できた」
「用事?」
「そう」
「サボるの? 次、千田っちじゃん。サボったら怖いよ」
「良いから。木戸は急な吐き気を催してトイレに駆け込んだって言っといて」
ミキちゃんに背を向けて俺は走りだした。ミキちゃんから応援されたが、意味が分からない。それに、会長と会えるともわからない。それどころか、会長が俺の誘いを断ればいいのにと思っている。だって、俺は彼に甘え過ぎだ。
会いたくなったから授業サボって来て下さいなんて、張り倒されてもいいレベル。
こんなことを思いながら、俺は生徒会室のある棟へと向かった。もし会長がいなくたって、来てくれなくたって、同じフロアに風紀委員会の部屋もあるから、暇はいくらでもつぶせる。
風紀室に近いトイレの個室に入り、携帯電話を取り出す。あと3分で休み時間は終わってしまう。
こんな俺のわがままに付き合う会長がかわいそうだ。だからどうか出ないでくれと思いながら、会長の携帯電話に電話をかける。
『はーい』
でた。しかも、コール一回目。
「早いですね」
『だってかけようとしてたから。以心伝心っていうんだっけこういうの』
「偶然っていうんです」
『なんだよ。つれねえなあ』
「先輩、誰にかけようとしてたんですか? 俺、切ったほうがいい? 大した用じゃないんでいいです」
『なんだよ。いいよ、どうせ橘だったし。しかもただの誤字の指摘。虚勢が去勢になってたんだよ。あいつ意外とむっつりなのかな』
「電話で言われたってわかりませんって」
『じゃあ来る? 授業すっぽかして来ちゃえばいいじゃん。たまにはいいと思うよ、こういう青春っぽいサボりも! 用なら実際に会って聞くし。俺、今一人で生徒会室にいんの。待ってる』
会長が俺の返事も聞かずに切った。
俺は、トイレの個室に座ったまま切れた電話をじっと眺めた。
やっぱり好きだと思った。
しかも、どうしようもないくらいに好きだ。
早々に個室から出て生徒会室に向かう。廊下を渡り切るのに三十秒もかかっていないはずなのにそれがとても長く感じた。