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「何、恭弥くんってばそんなことで悩んでるの? ケツにちんこいれるだけじゃん」
「けっ、ちっ」
「けち?」
「ケツにちんことか、さわやかな顔してそんなこと言わないでください!」
「だって聞かれたから」
「聞いたけど!」
「一回やってみれば良いと思うよ。気持ちがあったら幸せなものだから。あれは」
「そ……だけど」
「逆に、気持ちがなかったらそれこそケツにちんこ入れるだけのただの遊びだね」
この短い間に橘さんは3回も「ケツにちんこ」と言った。それがどうした。どうもしない。ただ、なんとなくこいつ「ケツにちんこ」を短時間で3回も言った! と思っただけ。
「しばらくは痛いけど……あ」
「な、なんですか」
痛いけど、ということは、橘さんは入れられる方なのか。世間一般で言う受けか受け。いや、世間一般では言わねえな。やばい、俺もだんだんとミキちゃんに感化されてきた。世界は受け攻めで成り立っている! と声高に宣言するミキちゃんの言わんとしていることがちょっとだけわかる気がする。
「そういえば、恭弥君と綾音だったら、どっちが女の子役やるんだろうね」
「は?」
「相談してみようか」
「え?」
俺の思考は完全に置いてけぼりを食らっていた。
淡々と言葉を紡ぎ、携帯電話でどこかへ電話を掛ける橘さんをただただぽかんと眺めるしかない。
「あ、綾音? 俺、気になったことがあったんだ。……恭弥くんのこと。……うん、良い? 今。別に、来なくていい。……なんでって、なんか会いたくないから。……それで、綾音と恭弥くんってどっちが上なの? ……何の話って、ケツにちんこ入れる話」
橘さんが耳から携帯電話を離し、手の中のそれを眺めた。
「切られた」
「そりゃ切られる、切られますよ!」
「そうかな。デリケートだな。あいつ。いや、センチメンタル? ないーぶか」
「……橘さん」
「ん?」
ぶつぶつと呟いていた橘さんが俺の方を見る。不思議な目に見られる。
恥ずかしいが、興味が勝った。橘さんならば答えてくれるだろうという確信もあったし、なによりも気になっていたことがあったから。
「失礼なことをお伺いしますが、た、橘さんってケツにちんこ入れられて幸せな気持ちになったことあるんですか?」
俺の質問に、橘さんは感情がわからない表情で「ああ」とひとこと言った。
「あるよ、一度だけ。あまり人には言わないで欲しいんだけど」
「い、言いません」
「誰にも言ってないんだ」
「い、言いませんってば」
「けど、恭弥くんには色々と心配かけちゃったし、迷惑もかけちゃったから」
「……俺は、橘さんが幸せならいいなって思っただけ」
言ってみて、我ながら偽善めいたくさい台詞だと虫唾が走ったが、橘さんはめずらしく嬉しそうに微笑んでくれて、俺はうれしくなった。
「俺、あるよ、一度だけ。夏の終わりに、すごく幸せな気持ちになった」
「……それって、宮田さん?」
どうか、否定はしないで欲しいと思った。
「そうだよ」
「じゃあ、委員長と宮田さんって付き合ってんの?」
「いいや。付き合ってない」
「へ?」
「それから、何もしてないし。宮田くん、俺を慰めてくれたんだよ。俺にムラっときたからじゃないんじゃないかな。俺は、いつだってムラっと来てくれたら嬉しいんだけど」
橘さんがさり気なくとんでもないことを言う。
なんだ、橘さんと宮田さんは両思いなのか。だけど、この様子じゃふたりとも何か肝心な所で勘違いしている。
「恭弥くんもしてみればいいよ。やってみてなんか後ろめたさとか変な幻想いだいて辛くなったとしたら、ケツにちんこ入れただけって、そう思えばいい」
橘さんが格好良く言う。「ケツにちんこ」をここまで格好良く言えるのは、もしかしたら橘さんしかいないのではないだろうか。
橘さんからおかしなアドバイスを受けて、俺は彼の部屋を出た。何もしていないのに、とてつもない疲労を感じた。
『ケツにちんこ入れるだけ』
橘さんの言葉が浮かんでは消え、また浮かんでは消えを繰り返す。最低な言葉が浮かんでは消える。それでも考えているうちに、よほど溜まっているのかなんだか変な気分になってきた。
そうか、ケツにちんこ入れるだけなのか。ただ、それだけのこと……
それだけのことだろうか。
なんだかムズムズする。いろんな所がムズムズする。
いや、これはあれだ、ムラムラ。俺、ムラムラしてきた。なんかムラムラしてきた。
ケツにちんこ。
どのような感じなのだろうか。よく、痛いって聞くけれど、どんな感じなんだろう。
「これが思春期か……」
思わず口に出た言葉は、あほらしい憂愁を含んでいた。