早寝記録

藤崎君の話

 ありえない。もうダメそう。のしかかる相手をどかそうと伸ばした手にはもう力が入らず、俺の顔の横にぽとりとおちた。いっそのこと意識をふっ飛ばしてしまおうかとも思ったが、風紀委員の世話にだけはなるまいと途切れそうになる糸を必死に手繰り寄せ死守。
 だいぶ靄がかかっていた思考が鮮明になり、このままいくと落ちることはなさそうだと安心する。一対一なのに情けない。この前、部活の先輩とも問題を起こして退部になって、また今日教師にばれたら今度は停学。
 親にももちろん知らせが入り、すでに呆れられて邪魔者扱いされてるっていうのに、更に拍車がかかってしまう。
 穏便に済ませようと思ったのに――

「腹の虫が収まらねえ……」

 ムキムキの、いかにも怖そうな不良が、慣用句で腹立たしさを表現する。
 体中殴られて、もう一発殴られたら絶対入院ってくらい手を出したっていうのに、まだ殴り足りないとか、こいつ、やばいやつなんじゃないだろうか。
 俺はもう怒らせた理由もこうなった原因も忘れてしまっていた。忘れるってことは大したことがないってことで、ということはこいつは心の狭いダメ男。
 しかも、まあ、これはありがたくもあるが、顔をやらないところにこいつのずるさがある。俺だってケンカしたってバレたくないから良いが、これだけ殴られちゃ一週間は登校できない。

「よし、やるか」

 不良が呟き、真っ赤な舌を出した。ソレを見てぞわりと粟立つ。やばい。こいつ、いたぶる方法変えやがった。やる気だ。不良は俺を片手で地面に押し付けて、空いている方の手の指を舐めた。確信する。こいつ、突っ込む気だ。何を? あれを。どこに? 俺に。

「何すんの。まさか手当てしてくれるってわけ?」

 とぼけてみる。

「まさか」

 不良が卑猥な音を立てて口から指を抜くと、それをあろうことか俺の口に突っ込んできた。うざい! 気持ち悪い! しかも、考えてみたらここは誰も来ない旧校舎裏の更に奥だけど、外だ。合意の上でも外は嫌なのに、合意なしで外とか嫌の頂点。ありえない。せめて中。誰にも知られないところでやられたい。あ、だめだ。これじゃあ俺がやられたいみたく聞こえる。

 俺は昔からなんでか敵が多くて、こういうことが起こる前に好きな奴とやりたかった。結論としてそれは叶わなかったわけだけど、ていうかそう願ってしまったばっかりに振られるといういいことなしの結果に終わったわけだけど。
 ああ、思い出したら悲しくなってきた。
 昔恨みを買ったやつから物陰に引きずり込まれることなんてしょっちゅうで、両手で足りないくらいだけど、一回も助けが入ったことがない。これは、ものすごくすごいことなんじゃないか。もしかしたら、恨みを買ってしまった中に前までの風紀委員のやつらがいるからかもしれないが、中3あたりは本当ひどかった。
 大体は今の高3から恨まれてるから、彼らが卒業したら平和に生きられると信じてる。
 そうしたら今度は一番だと思ってくれる友達を作るのだ、と、かわいらしい妄想をする。

 不良の硬く節くれだった指が俺の口内を蹂躙したあと、ボタンが弾けて全開になった胸へと下りていく。痛みと気持ち悪さしか感じない。俺を地面へと押さえつけていた手は、知らないうちに俺のベルトを外しにかかっていた。

 襲われ歴が結構長い俺からすると、殴られるときよりも突っ込まれてる時よりも、ここが一番の屈辱ポイントだ。

 歯を食いしばる事もせず、すっかり諦める。不良の肩越しに、今の状況に似つかわしくない青く澄んだ空を見る。生い茂る木々とひっそりとそびえたつ無駄に高い物置小屋の屋根のせいで青の見える範囲は狭いが、それでも綺麗だった。

 ふと、前につきあってたやつが頭に浮かぶ。そいつなら絶対にあきらめないで最後まで抵抗するんだろうなあ、なんて、ぼんやりと思う。
 付き合ってた俺だって最後まで抵抗されたし、俺は突っ込まれる方でも良かったのに、それも拒否されて。その前から高等部上がったら! なんて言われていたけど、こいつ俺のこと絶対好きじゃねえだろって思ったら、どんどんそうとしか思えなくなってきて、別れるといわれて素直に別れた。
 第一、昔からそうだった。あいつは俺を一番に考えたことがない。小学生の時はでぶで坊主のレイちゃんに負けて、中等部に入って付き合いだしたのに、今度はミキちゃんに負けた。
 思い出しムカつき。
 なんだか腹が立ってきた。

「よいしょ!」

 腹立ちのままに、不良を引き剥がしにかかる。火事場のバカ力! 恭弥への復讐心! 不良、ビクともせず!