早寝記録

3

 不良に襲われた日から、クラスでは福本と一緒にいるようになった。風紀委員のくせしてクラスで一番恐れられている福本と、よく、掴みどころがないと称される俺の組み合わせは意外らしく、好奇の目を向けられる。

「藤崎、中等部の頃は生意気って有名じゃなかったっけ」

 体育の授業のため、グラウンドに行く途中、福本が思い出したように俺を見た。

「落ち着いたんだよ」

 落ち着いたのか、負けたのか。きっと、後者が正しい。

「俺、生意気って有名だったわけ?」
「一部では。俺、今の3年に兄貴いて、よく話聞いてたんだよ。一年の誰それ目つけられてるとか。その中に藤崎って名前多かったから、聞いたら3年の不良の間ではすげえ生意気で有名って。他人に興味なかったから俺もへえ、そうなんだって相槌だけで終わらせてたけど、兄貴がしゃべりたがりだから聞いてた」
「……ああ、そう」
「そのくせ、今は風紀になんて入れられて、守る側になっちまったけど」
「そういや、なんで風紀に入ったの?」
「……一人部屋につられて」
「は?」
「入ったら一人部屋にしてくれるって言うから」
「へえ」

 ということは、福本は今一人部屋なのか。俺は羨ましく思った。同室のやつは真面目なやつで、きっと俺の体にできたあざを見たら教師に言うだろうから、寮の部屋にいてもこそこそしていなければならない。風呂にはいるときはかなりの慎重さを要する。今回あの変態不良に殴られたあざは思ったよりも消えにくく、まだはっきりと残っているから、同室者が眠った頃にひっそりと烏の行水の勢いでシャワーを済ませる。

 一人部屋で事情も知っていて、俺の願いを聞いて教師にも他の風紀委員にも内緒にしてくれる福本の部屋に腹の傷が癒えるまででも置いておいてほしいなあなんて思ったが、一人部屋のためにわざわざ風紀委員にまでなった不良が了承してくれるはずもない。
 打診するだけ無駄だ。

「俺も一人部屋なら良かったのに」

 けど、羨ましがったってばちは当たらないだろう。

「そうなの?」
「そうだよ。殴られたあととか最悪。誰にもバレないようにしなきゃいけないから。これから夏来るから最悪。体育の時、脱げねえもん」
「そこまで徹底すんだな」
「するよ。勘当は避けたいとこだから」

 普通に言ったら、福本が呆れた眼差しで見てきた。

「重い話を軽くしてくると、どう返していいかわかんねえんだけど」
「ごめん。別に、深く考えてないから流して」

 言いながら、この一年でかなり性格が変わったな、と思った。前までの自分がどうだったか自分ではあまりわからないが、前は人に軽くごめんなんて言えなかったし、最近は、すぐに諦められるようになった。諦めることは簡単だ。諦めたほうが楽なことがこの世の中には溢れている。ただ、良い変化ではないことはわかっていた。

「風紀になって、一人部屋手に入れたはいいけど、忙しくて」

 福本が脈絡なく言い始める。話題替えのつもりだとしたらものすごく下手だ。

「忙しさが落ち着くまで、掃除とかしたかったら泊まっていいけど」

 グラウンドの入り口に差し掛かる。教師が立ったところに、生徒達が整列して行っている。福本の歩く速さがゆっくりになった。
 俺は、咄嗟には返事をできない。何を言われたかわからなくもあったし、福本がどうして俺にいきなりこんなことを言ってくれたかもわからなかったから。
 たけど、理解するよりも体は正直で、心臓がうれしそうにどくどくと飛び跳ねているし、なんだか全身に血が通った感じがした。

 やっぱり言ってきたのは同情だろうか。同情だろうな。それしかない。けど、同情でもいい。うれしい。同情するなら泊めてくれ。え? 泊めてくれるの? 言ってみるもんだねーラッキー! 心のなかで一人芝居、おおはしゃぎ。

「どうすんの?」
「一生ついて行きますって感じ」
「そう」

 福本がすこしだけ口角を上げ、目を細めた。いつも無表情か呆れ顔、それから眉間にしわが寄った不機嫌顔だが、初めて笑ったところを見た俺は、久しぶりに色のついた世界を見たような気になって、この日をカラフルデーと名付けた。