早寝記録

4

 さすが少数精鋭。一年風紀はたったのふたりだ。
 その内の一人である福本はとにかく強い。聞くところによると、家の近所に空手道場と柔道場、合気道教室にボクシングジムが密集していて、小さい頃からよく遊びに行っていたらしい。なかでも相手の力を利用する合気道は優越感をより強く感じられるらしく、今でも時々帰郷しては顔を出していると言う。福本には型がない。すべての基礎を組み合わせているから余計に強いのかもしれない。俺は中学生まで居合をしていたが、ケンカで役に立ったことはない。役立ててしまったら犯罪者になるだろう。
 思い出に寄り添いながら福本を観察する。彼は今、かつて俺を殴ったり蹴ったり潰したりした大男と戯れている。その大男は旧校舎で弱い者いじめをしようとしていた――と福本は言ったが本当のところはわからない。

 福本の寮におじゃまするようになってもうすぐ二ヶ月が経つ。
 俺は彼が一人で風紀の見回りをする時は厚かましくも付いていくようになっていた。福本に誘われたのが初めで、口には出さないが3年生に敵が多い俺のためのようだ。
 なぜそう思うかというと、俺が付いていく時に限って福本が俺の敵たちにケンカをふっかけるから。近付いて、さりげなく喧嘩をふっかける。そして福本にのされる彼らを見て俺は少なからず良い気分になる。
 大量の土埃をあげて大男が意識とともに陥落した。

「これともなんか因縁あんの?」

 知っているくせに、知らないふりをして福本が俺に尋ねた。

「ちょっとね」
「一回蹴っとけば?」
「良いよ、そんな虚しいことしなくて」

 福本が大男をそのままに引き上げてくる。土埃の中に沈む男が情けなく見えた。

「こんなことしてたら風紀クビになるんじゃないの?」
「先に手出したのはあっちだから大丈夫」
「先に口出ししたのは福本じゃないか」
「じゃあ次は藤崎を正面にぶんなげっか」
「俺は別に復讐したいわけじゃない」
「じゃあ誘ってもついてこなけりゃいいのに。俺は体動かしたいだけだし」
「見れたら見れたで良い気分になるから」

 正直な俺の反応に福本は少しだけ満足したようだった。
 福本と一緒にいるようになってから、あれだけ多かった呼び出しや闇討ち、それからいきなり物陰に引きずり込まれることがぱったりとなくなった。
 それだけ彼が一目置かれているということだ。同じ年の男の子から庇護されることに情けなさを感じないわけではないが、守られているということは多少なりとも福本が俺を大切に思っているってことだから、かなり嬉しい。
 もしも俺の敵たちにケンカをふっかける理由がただ体を動かしたいだけというものでも嬉しかった。いつか終わる幸福も、俺にとってはありがたいものだ。

「このままだったら俺、福本に惚れるわ……」

 言ってから改めて福本を見ると、体つきもなんだか素敵。汗で透けた白いシャツから見える素肌も扇情的! しなやかって、たぶん福本のような体つきの人を指すのだろう。
 半ば本気な俺の冗談に福本は呆れ顔をくれた。しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間には何か面白いことを思いついた子どものようににやりと笑った。

「俺、そういうの言葉より態度で表して欲しい」
「何、ちゅーでもすりゃいいの?」
「それでも良いよ」

 俺の悪趣味な返しに肯定をした福本に内心驚きつつ、とくに何も考えず整った彼の顔に唇を寄せる。

「ここでかよ。恥じらいってもんねえの?」

 呆れた笑みをくれる福本の言葉を考えた。恥じらい……

「あるわ、俺」

 こう言って近づけた顔を離したら、「やめんの」と福本が楽しそうに笑った。
 それから、彼は俺の首の裏に手を回しくいと引き寄せた。一瞬間口と口とが合わさる。
 強引さとは反対に、優しい手つきがちょっと気持ち悪い。

 だから、思ったままの気持ちをそのまま言った。

「優しい手つきがちょっときもい」
「ひどいそれ。あんたさ、俺に惚れそうじゃねえだろ、絶対」

 おかしそうに福本が言う。細められた目には優しさを感じ、柔らかい口調には安心感を覚える。
 少しだけ危険だ、と思った。
 この動悸と高揚感と、なんだか苦しい感じ。

「確かに、惚れそうではないね」

 そう、惚れそうではない。
 だって、認めたくないけれどすでに惚れちゃってるみたいだ。
 こんな俺の胸中など知らず、福本は「そうだろそうだろ」と笑った後、くるりと背を向けて悠々と歩き出す。

(まだ惚れてないって、今なら思い込めるかな)

 多分ムリなことを思いながら、彼の後を追う。追いかける背中に、幸せを感じた。