恭弥君
小学生の頃、俺は町内の陸上少年団に入っていた。
そこに、ひとつ年上ではあったが仲の良い友だちがいた。
木戸藤間。小学生の頃いじめられていた鏡をいつも助けていた男の子のお兄ちゃんだ。
鏡の友達は恭弥という。トウマと遊んでいる時、一緒に遊んだことがある。
鏡がいじめられているのは小学校では有名な話だったが、クラスも多く離れていたため俺の耳や目に入ってくることは滅多になかった。
だけど、トウマを介してよく聞いていた。
その日の俺はどうかしていたのかもしれない。
それまでずっと事なかれ主義で生きてきて、面倒事には首を突っ込まないのが処世術だった。
だからもし恭弥がトウマの弟じゃなかったら、俺は黙って通り過ぎたと思う。
「ケンカ?」
小さなヒーローは、服を泥で汚し砂場に座り込んでいた。
「は?」
見た目からは敗北の様子がありありと見て取れるのに、振り向いた彼の目は強気に光っている。
「なんだ。リュウキか」
「おぼえててくれたんだ」
「何回か遊んだじゃん。それにトウマから話聞いてるし。そうじゃなくてもあんためだつ」
トウマがいなくても会話を続けてくれるな、と思い、俺も砂場に座る。夏の太陽であたためられた砂は、夕方だというのにかなりの熱を持っていた。
「ひとり?」
気になったことをたずねてみると、恭弥があきれたように俺を見た。
「ばっかじゃねーの。お前もかよ。おれ、レイちゃんがいてもいなくてもふつうに嫌われてるし」
「鏡がいなかったらいじめられねーのにって、誰かが言ってたのきいたことあるよ。俺はクラスはなれてるから鏡がどんなやつかわかんないけど」
怒るかと思ったが、恭弥は怒らず、目線を少し下げた。彼にしては暗い表情に見える。
いっしゅん、俺は恭弥が泣くんじゃないかと思った。
「おれがいなかったらレイちゃんはいじめられない。もう遅いけど、はじめにレイちゃんがからかわれた時におれが横から入っていったから、だからエスカレートしたんだ」
それは、ひとりごとのように思えた。
学校でたまに見るヒーローは、中性的な容姿とあいまって今は守られるべきヒロインのようになってしまっている。
彼はざんげするようにしんみりと独白する。
もしかしたらケンカに負けて心が弱くなっているのかもしれない。
心が弱くなっているから、それほど親しくない俺に心のなかをのぞかせてくれるんだ。
いったい、今までどれだけ独りの時にこうやってうずくまって来たのだろう。
彼は負けるたびにこうやって一人で肩を落としていたのだろうか。
その姿が目に浮かぶ。
きっとおれの想像は当たっている。
そしてすこしだけ立ち直ったら、何くわぬ顔をして家に帰るのだ。
「でも、俺恭弥はいいやつだと思う」
いてもたってもいられなくなって、よけいなことと思いながらもついなぐさめるようなことを口にしてしまう。
ちらりと恭弥が俺に目をやる。
「何が原因でも、いじめられてる時にいっしょにいてくれたらありがたいよ」
「リュウキは……」
恭弥が何かを言いかけてそのまま口を閉じた。言うべきことが見つからずだまっていると、恭弥がふたたび話し始めた。
「べつに、おれはいいやつじゃない。リュウキの周りにどんなやつがいるか知らねえけど、おれは学校にレイちゃん以外でいっしょにいたいって思うやつがいないだけ。みんな、レイちゃんがうじうじしててちょっと太ってるからってからかうんだ。人は見た目がすべてなんだっておれ悟ったけど、それでも見た目で人を判断するようなやつらとおれ仲良くしたくない」
「見た目……かあ」
「クラスの女子たちが、あんたのこと好き好きっていっつもさわいでる」
恭弥が言う。
「中身、知らないのにね」
「恭弥は、レイちゃんの中身が好きなの?」
聞くと、むずかしい顔をしていた恭弥に久しぶりの笑みが浮かんだ。
「レイちゃんって!」
ぷくく、と恭弥が笑う。
「つられたんだよ」
「けど、レイちゃんよろこぶよ」
「なんでだよ」
「あんた良い人なんだって。雰囲気が」
「雰囲気かよ」
「ま、おれは顔が良いやつは性格悪いと思ってるけど」
「へんけん?」
「へんけん!」
「でも恭弥、お前だって可愛いって言われるんじゃねーの? 色白いし、小さいし、女の子みたい」
俺の言葉に恭弥が口をとがらせる。
じっさいに、クラスの女の子たちよりも彼はかわいらしい顔をしている。服も淡い色の洋服をよく着ており、中性的な雰囲気があった。
「もうすぐ男っぽくなるよ」
「そうかな」
「だって、最近おれ成長期きたっぽい。なんか骨がきしむ!」
「病気じゃない? 大丈夫?」
「まじで心配すんなって。じょうだん通じないとモテないよ。おれ、さいきん5センチでかくなったんだ」
「何センチになったの」
「139.8!」
「へー」
「なんだよ! 卒業するまでにはおれリュウキもこせると思う!」
「無理だよ」
「なんで!」
「俺も伸びざかりの年ごろだもん」
「まじかよ」
恭弥が絶望的な声で言う。
ころころ変わる表情は、彼の顔立ちと合いさらなるかわいさを演出していた。
鏡がいなかったら好かれるタイプだと思った。
どうして助けるんだろう、なんて恭弥にも鏡にも失礼なことをこの頃の俺は思っていたのだ。