ラブレター(前)
「また手紙、預かって来ました」
生徒会室に入って早々、矢野がひとりで仕事をしていた俺に面倒くさそうに一枚の紙を手渡してきた。
受け取り、目を通す。
「直接あんたらに渡すのは勇気がねーらしいっすよ。まじ俺パシリなんだけど」
矢野が迷惑そうに吐き出し、ソファに腰を沈めた。
最近、割とあっさりとした性格をしていることが生徒たちの間に広まったのか、いたるところで捕まるのだという。クラスでは俺たちのことを聞かれ、廊下を歩けば手紙を渡してとせがまれる。
当初はちょこちょこと親衛隊や自称俺達のファンから文句を言われたりもしたようだが、矢野には下心も何もない。本当に過去が暗そうなだけの普通の生意気な高校生だ。
今は平和に過ごしているという。
俺達の方でも矢野が制裁されないように神経質になっていたが、みんなで考えた様々な対策は必要なく、ほとんど全部が杞憂だったと安堵した。
「ラブレターって、今の時代も普通にあるんですね」
矢野が言う。
「これはラブレターじゃねえよ。テニスコートをもっと広くしてくれっていうテニス部からのお願い」
「はあ?」
「俺達のおかげでどこも部員増えたじゃん。そのせいで練習場所不足が今深刻な問題になってる」
「どこも立派な設備あるんじゃねえんすか」
「伝統的に部活動に入る生徒ってそんなに多くないんだよ。だから遊べるとことかは立派だけど、部活棟とかはそこらへんの公立と同じくらいのレベル」
「まじかよ……」
「ま、ダメ元で理事長に掛けあってみるか」
風変わりな理事長と話をするのは元会長の首藤と話すくらい疲れるが、仕方ない。
やっぱり会長なんて面倒臭いだけだな、と思っているとき、ふと視線を感じた。見ると、矢野が俺を凝視している。
無表情だが、強気な目。
無性に懐かしい感じがした。
そして、納得した。
初めて見た時から、こいつの雰囲気が鏡のヒーローに似ていると思っていた。
恭弥。性格や見た目どうこうではなく、矢野と恭弥は身にまとっている雰囲気がそっくりだ。
「真面目って、よく言われません?」
「は? なんだよいきなり」
そして矢野は意図のわからないことを尋ねてきた。
「こういう事聞くの、失礼だったらごめんですけど。俺、なんでか顔の良い奴は不真面目だと思ってた」
「……偏見?」
「偏見。ちやほやされて育ったらわがままで自己中なんだろうなって」
「人によるんじゃねーの」
「そうっすね。顔は関係ないってわかりました。すげー格好良くても可愛くても、良い奴がいるんだなって」
「ま、わからなくもない」
「今まではどんな顔でも俺、性格歪んでるって思ってましたもん」
矢野がふっと笑う。
「そういや、鏡のクズ話に同調してたっけ」
「まあね。顔どうこうじゃなく、人間生きてれば絶対に歪むもんだって思ってたから」
「……別に、嫌われるタイプじゃねえんだけどな、矢野」
「なんですかいきなり」
「中学時代かその前からかは知らねえけど、随分な目に遭ってきたみたいじゃんか」
「……なんか、俺苦労話してました? うざいっすよね、そういうの」
「してねえよ」
すいませんと矢野が謝る。
まずい。恭弥と矢野を混同してしまった。けど、こんな檻みたいな学校に途中から入れられるんだから問題がないとは言えないだろう。しかも今の話だ。過去に何かあったのは一目瞭然。
「……小学校の時の友達に似ててさ。そいつのこと考えてたら、なんか混ざった」
色々ともっともらしい理由を並べようかと思ったが、一番の理由を正直に言った。
恭弥に似ている矢野に、おれはなんとなく正直でありたいのかもしれない。彼にとっては迷惑かもしれないが。
鏡は俺と恭弥が知り合いだということを知らない。
恭弥は鏡が自分がいなくてもちゃんと過ごしていけると思っていたし、鏡の自立のためには自分は邪魔になると決めつけていた。だから俺は鏡に恭弥と知り合いだったことを告白していない。
ふと、恭弥と最後に会った日のことを思い出した。俺は、今まで生きてきてあれほど衝撃を受けたことがない。そしてあの日は俺の人生が変わった日でもあった。
「随分な目に遭ってたんですか? そいつ」
矢野が聞いてくる。
「そうだなあ……」
そうして考えるが、そういえば、おれは恭弥から愚痴めいたことを聞いたことがなかった。それこそついさっきふと思い出した、あの日くらいかもしれない。
小学校を卒業した春休み、あいつが寮へと旅立っていった日だ。
はたから見れば恭弥はいじめっこから鏡を守る苦労人だったが、当の本人はそうは思っていなかった。彼は、自分のことをただの『レイちゃんの友だち』だと思っていた。彼の中ではふたりはどこまでも対等だったのだ。
「そうでもないかも」
「結局そうでもないんすか」
矢野が呆れた声を出し、テーブルに置いてあった煎餅に手を伸ばした。
静かになった生徒会室に、矢野がゴリゴリと煎餅をかじる音が響く。
そんな中で俺は忘れかけていたある冬の終わりのことを思い出していた。