早寝記録

悶々日記

 一番の友だちになる。
 この目標は、多分、きっと、達成された。
 目標が達成されたあとは、どうすればいいのだろう。
 俺は最近ずっと葛藤している。
 今日も今日とて鏡は俺の部屋、二人がけの椅子にリラックスした様子で座っているが、隣の俺は気が気じゃない。
 いつからか、好きだと自覚した頃から感じている居心地の悪さ。
 鏡が俺に慣れ、無防備になればなるほど俺はさらなる忍耐力を要求される。

「最近、ホクロできたんだ」

 押し倒したら、受け入れてもらえるだろうか。もらえるだろうな、なんてことを考えていると、ふと鏡が言った。

「へえ。突然?」
「うん。多分」
「どこに?」

 尋ねると、何を思ったか、いや見せようとしているのだろうが、彼は男らしく服を脱ぎ裸になった。
 白く、滑らかな肌が目にうつる。
 今日は夕方からぼうっとしており、そのまま夜になったから電気は外から入ってくるあたりの部屋の灯のみだ。
 暗がりの白い肌はやけに扇情的で、さっきよりも鼓動が早くなったのがわかる。

 このくらい、前の俺なら余裕で我慢できた。
 無意識に煽ってくる鏡を軽くかわせた。

 けど、矢野が来て早々に俺は鏡にキスをしてしまった。それからはちょっと、中々自制が効かない。

 俺は鏡の友だちだ。友だちと恋人は違う。同じ線上でさえない。
 友だちに告白する資格はない。俺の中での決まりごと。
 俺は鏡に心を許せる一番の友だちができるまでは告白しないと決めた。
 告白したら結果はどうであれ友だちには戻れない。

 それに鏡は男が好きなわけじゃない。
 前に聞いたら、小学校の頃はいじめられていたから女も男も嫌いだったと言っていた。恋どころじゃなかったのだ。
 高校を出たら鏡はモテる。女も男もハエのようにたかってくるだろう。
 鏡なら女でも男でもいいやつを好きになる。
 高校を卒業するまでにゆっくりと人間不信を克服していって、卒業したら恋をすればいい。

 ――と、今まで思っていたが最近になって状況が変わった。 

 矢野だ。矢野。あいつはやばい。
 だって恭弥に似てる。鏡が好きでしょうがない恭弥に似てるんだ。俺が鏡だったらコロッといく。
 先日組ませた部活動撮影でさらに距離は縮まってしまったが、あれは会長でも鏡を好きな立場でもなく、友だちとしての俺の選択だ。

 俺は鏡に高校を出てもちゃんとひとりで生きていけるようになってほしい。今のあいつのコミュニケーション能力では社会に出た時に苦労するだろうから。
 白石でも谷中でも俺でもだめだったのだ。俺たちならば世話を焼きすぎてしまう。
 だから、矢野をつけたが――

「海部?」
「え? ああ」

 すっかり自分の世界に入り込んでしまっていた俺の顔を鏡が下から覗き込む。
 もちろん上半身は裸で。

「俺のホクロなんて興味なかった?」
「そんなことない」

 ホクロには興味がないが、鏡には興味がある。他の誰よりもある。これだけは自信を持って言えた。

 彼の白い素肌に触れるには勇気が要ったが、肩を掴み鏡に後ろを向かせる。

「どこにできたって?」
「うなじだよ」

 なんと! よりにもよってなんてところに……。
 なんとか平静を保ち、鏡のうなじに目を落とす。確かに、小さなホクロがある。けれど――

「脱がなくても見えたな」

 肩に手を置き、ホクロを指で撫でると、鏡がくすぐったそうに身を捩る。予想外の反応に早々に飛んでしまいそうな理性を落ち着ける。

「それ、くすぐったい」

 こらえきれないのか、ふふ、と妙に色っぽく笑われた。

「なんか、随分エロいね」

 ホクロをなででいた手で彼の顔向きを変える。口元に笑みを浮かべた鏡と視線が交わる。
 からかってこのなんだかイイ雰囲気をぶち壊そうとしたのに、鏡はいつもよりも綺麗に、大人っぽく微笑んでいて、彼の白いうなじに食いついてしまいたくなった。

「ね、俺が海部にキスしたの、嫌だった?」
「え?」
「俺、あれからずっと気になってたんだ」
「嫌じゃねえよ。俺からしてんじゃん」
「だって、あれからしてこない」

 鏡が言うが、それは彼が気にするまでもなくもちろん俺の忍耐力の問題だ。ほんとならしたい。今も。切実に。

 そもそも俺は食堂以外でする気なんてひとつもなかったのだ。
 矢野が来て、もし鏡が恭弥と似ている矢野と付き合うことになったら、鏡は女の子を知らないまま男と付き合うことになってしまう。
 だから俺はそれをなんとか阻止しようとした。鏡に手を出すな、と矢野に暗に示そうと思った。

 それがどうだ。
 それからタガが外れたように人のいないところで顔寄せて。

 もう認めてしまおう。俺はただ単にキスをしたかっただけだ。
 そして、女なんか関係なしに矢野に取られたくなかっただけ。
 やっぱり、俺は自分勝手。昔っから変わっていない。弱くて保身的。

「……友だちなのにキスしちゃったって、反省したんだよ」

 友だちはキスをしない。少なくとも日本ではしない。
 そして、友だちに告白する資格はない。友だちは告白した瞬間に友だちじゃなくなる。
 俺が告白するときは、友だちを辞める時だ。

 恭弥が鏡から完全に離れることを決意した日、俺も密かに決意した。
 恭弥の代わりに鏡の一番の友だちになると決意したのだ。
 だから俺は鏡に心許せる一番の友だちができるまでは絶対に俺から友だちを辞めない。
 だから反省している。俺は調子に乗りすぎた。

「反省? 海部が?」
「どういう意味……」

 俺が反省しないとでも思っているのか、鏡が目を丸くする。

「海部、いつも自信満々だから、反省なんかしないと思ってたよ」
「するって。普通にするよ」

 鏡が体の向きを変える。俺と対面する格好となり正面から彼の裸が見えてしまう。
 だめだ。これは、いけない。

 反省する前の俺ならここで欲に逆らわず行ってしまうが、ここで我慢せずキスしたらその時点で終わる。いや違う。キスしたらそれだけで終わるわけない。確実に始まる! だめだでも自制できるか? 据え膳食わぬは男の恥っていうけどなんだろうかよくわかんねえ!

 死ぬ!

「寝る!」
「わっ。海部!?」

 もうだめだと思い鏡に覆いかぶさりソファに押し倒す。
 ぎゅっと抱きしめたら手には滑らかな感触。
 さっき風呂にも入っていたから体全体からいい匂い!
 抱きしめたまんま目をつぶる。
 最初慌てて何か言っていた鏡もしばらくすると諦めたのかぱたりと動かなくなる。

 眠れないだろうと思っていたが、あたたかな感触といい匂いですぐに眠気はやってきた。

「海部、まだ7時……」

 最後に、ため息混じりの鏡の声が聞こえた。