助言
「ちょっと付き合え……」
「うっわ! 海部、すっげえ顔!」
目当ての人物がクラス中の注目を集めて俺のいるドアのところへとやってくる。
自称新聞部部長美形腐男子如月。変態でいつもおちゃらけていて顔が良く他人の恋人に手を出してしまうという最低な癖を持つ俺の友だちだ。
ふたりで廊下を歩きながら、3時間目開始のチャイムを聴く。
「さぼんの?」
「ああ……」
授業なんて受けている場合じゃない。1時間目と2時間目を耐えられただけでも俺は自分を褒め称えたい気分だった。
鏡の風邪がすっかり良くなって1週間、後ろの席の鏡がよくつんつんしてくる。
いや、前からだったろうか。とにかく、振り返ると上目遣いの鏡がのんきに「眠いね」だとか「さぼりたいね」だとか言ってくる。
俺はこれほど自分の名字を恨んだことがない。海部に鏡。出席番号順で前後だから何をするにしても一緒になることが多くて前は嬉しかったが、最近はそうじゃない。
谷中に言われたことは1週間以上たっても全く消えてくれなかった。
――矢野に盗られちゃうよ
そう言われる鏡はまるで物のようだが、今の時点では彼の言い分が正しいと思えた。
俺のことを否定しない鏡は、きっと俺に好きだと告げられたら付き合うだろう。
だけど、俺は決めたんだ。
恭弥と約束もした。一番の友だちになると約束したのだ。
「くそ……」
「おもむろになんだよ。お下品だぞ海部」
「しね」
「随分アグレッシブだな」
「横文字は嫌いだ」
そして、今俺はアグレッシブにはなっちゃいけない。
アグレッシブな気持ちのまま鏡の傍にいたらリモコンの壊れたおもちゃのように暴走して止まらない。
いや、アグレッシブじゃなくても今はダメだ。
四六時中一緒というのは精神的にきつい。もう俺は真っ白に燃え尽き灰と化しそうだった。
「如月、なんかもう恋なんかしたくないと思うような話してくれ」
「ええ? なんだよ。けど、なんかつらそうな海部おもしろいからしてあげる!」
それから如月によるもう恋なんかしたくないと思えるような話が繰り広げられたが、食欲が失せただけだった――
結局サボり場所を探した俺達は屋上に来た。
誰にも邪魔されたくなかったから、誰も居ないことを確認し中から鍵をかける。
会長になった時、顧問に試しに屋上の鍵が欲しいと言ったらくれたのだ。
渡された時にひとこと『信用する』と言われたから俺は何があっても会長の仕事を投げ出しちゃいけないと思っている。
「あーあ」
「なんだよ、ため息なんか吐いて。疲れてんのかよ」
やけにしんみりとため息を吐く如月に投げつけると、如月が俺を愉快げに見やった。
「海部、口調の割にいつも優しいよね」
「……別に俺はやさしくねえよ」
「照れんな照れんな」
「照れてねーし」
「だからヒメも安心するのかね」
「聞けって。やさしくねえってば」
人の話を聞かない如月にうんざりする。俺が優しかったらこの地球上のほとんどの人は優しいだろう。
俺は自分勝手だ。
優しい人は正義を持っている人。
過去に、恭弥の気持ちを聞いてなおいじめられっ子の鏡と離れればいいのに、と思ってしまった俺は絶対に優しいやつじゃない。
今の俺ならばあのころの恭弥の考え方を理解できるし、自分もそうしたいと思うが、それは過去があったから。
恭弥と出会わずにいたら、俺は今でも過去の俺の考え方のまんまで生きているだろう。
「俺、海部とヒメで萌えてるけど、一応友達としてお前を応援してるんだよ。真面目に」
俺の胸中も知らず、如月が彼にしては珍しく真面目な表情で言った。
お前もかよ、と一人心のなかで愚痴をこぼす。
「両想いなのに付き合わないのはもったいないよ」
「は? なんだよ、ばかじゃねーの」
「……これ、あげるよ。海部、最近悩んでるみたいだったからプレゼント。今日、お前が来なかったら俺が行こうと思ってたんだ」
やけにイケメンな雰囲気を漂わせ、如月が爽やかに俺に長方形の包みを手渡してくる。空気に抗えず素直に手を伸ばす。
「人生を変える本になったらいいなって、そう願ってる」
「お、おう……」
シリアスな如月は本当に珍しい。
「ありがとう……」
俺はドアへと去っていく如月の背中に向けて礼を言うしかなかった。