早寝記録

ゴム調達

制服のまま外に出て気がついた。

「気付いたら制服取り替えてなかったんだけど! まじで恥ずかしい、着替える」

俺はきっと頭がバカになっていたんだ。
明日何着てこうと悩んだばっかりだったのに、精液を付けたまま外に出てきてしまった。しかも、ゴムとローションを買うために!

12月の冷たい外気にさらされ、一気に現実に引き戻される。冬に負けたくなくてコートとかは普段から着ていないが、マフラーと耳あて、それから手袋も忘れたし、精液もつけてる。俺は今完全に無防備だ。

「ドラッグストアでウエットティッシュ買ってやるよ」

染井がのん気にあくびをする。こいつだって寒いはずなのになぜか平気そうだった。気温を感じないのだろうか。さっきは結構切羽詰まったように感じていたのに。と考え顔に熱が集まった。俺にまたがる男臭い染井を思い出してしまい熱くなったのだ。俺は女子かと突っ込んだところで赤くなった理由は変わるはずもなく、口に出さなければ人には何も分からないのだと開き直る。

「ドラッグストアって言っても、そこまで白い液体制服につけていかなきゃいけないじゃん。嫌だって。家すぐそこなんだから着替える」
「っていうか液体じゃねーよ。もうカピってるっしょ」
「どっちにしろいやだよ!」
「雪降りそうだからさ、そしたらどうせカピってるもんも雪と一緒に溶けるって」

染井が空を見上げた。確かに、今彼が言ったように空はどんよりと暗く曇っており、いつ雪が降りだしてもおかしくない。けれど、ドラッグストアは俺のアパートから徒歩5分のところにある。吹雪かない限り精液は雪と一緒に溶けない。

「松見、早く行こうぜ。寒い」

染井がポケットに手を突っ込んで、俺を見る。

「わかったよ……」

着替えねえのかよ、と突っ込んだのは自分自身だ。だけど、もう一度ぬくい部屋の中に入ったら、今の勢いが消えてしまう気がした。染井がやっぱりお前とするの止めると言うのを俺は避けたかったのだ。気持ち悪い話だが、俺はゲイでもなんでもないのに染井にケツにちんこを入れてほしいと思っているらしい。ほんと、気持ち悪い。

染井は寒がりなくせに、寒いにもかかわらずゆっくりと歩いた。白い息が空気にたゆたい消える。
いつもの染井のペース。自分のペースを乱されるのを嫌う染井らしく、きっと寒さという敵にも乱されたくないのだろう。

俺は染井のちょっと後ろを歩く。
年が下だからとかそういう理由ではなく、ただ染井の後ろ姿を見ていたいだけだ。のんびりと歩く染井の姿が俺は好きだから。その染井を見ていると、忙しなく変わる世の中を無視してゆっくりとした平和な世界にいるような気になるのだ。

精液のことも忘れ、俺は若干の幸せを覚えつつ染井の後ろを歩きドラッグストアへ向かった。

しかし、精液のことがドラッグストアに着いた途端蘇ってしまった。
寧ろなぜ忘れられたのだろう。俺の頭のなかは意外とお花畑なのだろうか。だったら彼岸花だ。クソ。

なぜドラッグストアはこんなにも明るいのだろう。電気がすっごく白い。床もご丁寧に磨かれているから光が床に映りさらに明るくなっている。

なぜ学ランは黒いのだろう。俺と染井が通う底辺校の黒い制服は、まるで海苔みたいだ。

なぜ精液は白いのだろう。黒に映えてしまう。

なぜ、なぜ、なぜと疑問を浮かべるが染井は俺のことなどお構いなしに店内を進んでいく。

制服が汚いのは前だ。早足で染井に並んだ俺は彼にぴったりとくっつき、不自然な白を隠そうとした。染井の制服の裾を摘むと染井が怪訝そうに背中に張り付く俺を振り返った。

「……何?」
「気にすんなって。早くウエッティ買ってよ」
「……」

染井は何も言わず、いつものゆっくりとしたペースでティッシュ売り場へと向かった。俺は染井にぬくぬくカイロのようにぴったりと貼り付く。

「松見、なんか注目浴びてる」

確かに不思議そうに、または生暖かい目で主婦やヤンキーが俺らを見ているが、注目だけでなく俺は精液を浴びたのだ。それがばれないなら注目くらいいくらでも浴びてやる。

「注目は気にしない」
「……堂々としてりゃばれねえって。結構ついてるけど、こいつ牛乳こぼしたんじゃねえかくらいにしか思われねえよ」
「うるせえ。お前はついてねえからんなこと言えるんだ。あ。染井、ウエッティあった」

そうこうしているうちにティッシュ売り場へと着いた。ここはティッシュに関してはすごく品揃えが良く、リサイクル品からセレブリティあふれる品まで色々なものが揃っている。
ちょうど目の前にあったウエットティッシュを染井の脇から手を伸ばして取った。

「レジ行こう」
「……ああ」

染井にウエッティを押し付け、レジへ行くようにぐいぐいと背中を押す。

「他に買うもんは……」
「ねえよ。まずはティッシュを買って俺にくれ」

レジにはきれいめなお姉さんがいた。染井がウエッティをお姉さんに渡す。

「いってんになりまああぁす」

お姉さんがアホっぽく接客をしている間も俺は染井にピッタリとくっついていた。冬の空気に体の芯から冷やされていたが、3分ほどくっついていただけで体はまるで真夏のようになった。人とくっつけば季節まで変えられるのか。人間の可能性って実はすごいんじゃねえの。

そんなことを考えていた。

いつもとは若干違う自分に俺は気がついていた。そして、その理由にも。
俺は今日誕生日なのだ。やっと16歳になって7月で早くも17歳になった染井と1歳差になった。普段よりも少しだけテンションが上がっていた。明日になればきっとここで染井にぴったりとくっついたことが恥ずかしく羞恥にのたうち回るだろうこともちゃんと想像できている。

「あ、そうだ」
「どーしましたあぁあ?」

染井が口を開く。

「すみません。コンドームください」
「こ……」
「松見くっついてくるから、何買いに来たか思い出した。これも買おうっつってたもんな。ローションは良いでしょ。俺、行きたい店あるから」

お姉さんが絶句する。俺も絶句する。
周囲の視線が俺たちに突き刺さった気がした。
本能からか素早く染井から体を離した俺は羞恥にのたうち回りたくなった。誕生日の夢から早くも醒める。

「何いってんの!」
「良いじゃん。今思い出したんだよ。そういえば買う予定だったって」
「せ、せめて自分で持ってこいよ! 種類もあんじゃん!」

何を突っ込むか頭が回らず、口に出した後でもっと言うことがあったと思った。だけど、そもそもこの場で言うべきことなどない。今俺たちは恥ずかしい状況に置かれている。これだけは確かなこと。

「そんなのどうでもいいよ。あ、一番安くて標準的なので」
「あとから来ます!」

ウエッティをお姉さんに預けたまま恥知らずの染井の腕を引っ張ってレジから離れる。客の興味津々な視線が痛かった。
さっき染井の言った言葉は、聞く人が聞けばこれから俺たちがふたりでコンドームとローションを使うと誤解されるものだろう。

(誤解……!?)

誤解じゃない。俺と染井はふたりで使うためにゴムとローションを買いに来たのだ!

現実が俺を襲う。

来店後、俺は染井にくっついて客の注目を集めた。バカップルが腕を組んで歩くくらいの距離感だったろう。……怪しい! なんか精液に夢中で頭が回らなかったけど、改めて考えると男同士でその距離感怪しいわ!

「あああああああああ」

小さく打ち震える。

「どうしたんだよ松見。頭イッた?」
「うるせえ! 俺は今後悔してんだよ!」
「八つ当たり?」
「そうだよ!」
「ふうん。まあ、いいや。俺ゴム買ってくるわ」
「いけ! 俺は外で待ってる! はじめから外で待ってりゃ良かったわ!」
「ああ。気付いてなかったんだ」

染井は冷たく笑ってゴム売り場へと去っていった。
行き場のない憤り。
若気の至りと笑える日が来るのかはわからないが、俺はもうこの場にいたくなくて客の目を避けながら店の外に出た。

なんか疲れたし、どこかに座って染井を待っていたいがどこもかしこも雪が積もっていて、座ったらケツがぬれる。前に精液を付け、後ろを濡らしているなんて泣きたいほど悲しい男子高校生の姿だ。

しかたなく、店の前で染井を待つ。平日だからか、主婦と大学生とヤンキーが多いように感じられた。みんな厚着で、顔の出ている部分は赤くなっている人が多かった。全くの白を保っているのは化粧で顔をコーテングしている女の人くらい。おとなしく人間観察をしていると、すぐに染井が出てきた。

「買ってきたよ。ティッシュとゴム」
「……拭く」

染井は袋からウエットティッシュを取り出し、一枚引っ張りだす。ウエットティッシュのケースはまた袋にしまい、袋ごと俺に押し付けてきた。
その後染井はウエットティッシュを一枚持ったままあたりを見回し、店の横まで歩いて向かった。しかたなくついていく。

店の側面。車がぎりぎり通れるほどの細さで、舗装なんてされていない道に面しており人通りは少ない。
染井は雪の積もった地面にためらうことなく膝をついた。跪くようにも見える。

「何してんの」
「拭いてやるよ」
「なんで? 誕生日だから?」
「さっきいじめたから」
「いじめた?」
「レジの松見、すげー面白かった。かたまりっぷりとテンパリ具合」
「……最悪」

染井はひどい告白をしながら俺の学ランの裾を引っ張って生地を伸ばし、もうすっかり乾いた精液をウエットティッシュでこすった。事情を知らない人が見たら一生懸命こすっている染井の姿はひどく献身的なものに見えるだろう。

上から染井を見下ろす。あまり見たことのないアングルだから、目に焼き付けようと思った。
上から見ても染井は整っていた。染井は別に、そこまで美形というわけではない。ただ、あるべき場所にそれぞれのパーツが上手く収まっているという感じ。それでも染井を俺は格好良く感じてしまう。こいつ以上に格好良いやつはいないと、そこまで思う。

染井はケンカは強いが、フレンドリーでおしゃべりなのにみんなから不良と恐れられている。
ふわふわとした雲のようなつかみ所のない雰囲気があるのに、絶対に折れない意志を持っているようなそんな気がする。それが染井を見た目よりも格好良く、魅力的に見せているんじゃないかなんて俺は思うのだ。惚れた欲目というやつかもしれない。

俺はゲイじゃない。だけど、染井に惚れていることは確かだ。ヤってみたいと思うくらいだから恋もあるのかもしれないが、始まりは憧れだった。彼の雰囲気に惹かれ、付き合うようになって段々とのめり込んでいった。

恋じゃないと思っていたが、キスされて一緒にイッて満足するあたり、俺は恋をしているのかもしれない。

セックスしたらはっきりとわかるかな。

「よし、綺麗になった」

染井が満足気に頷く。

「これでお前が精液かぴらせて外うろついてるなんて思う奴いなくなるよ」
「……ありがと」

この内容に礼を言うのもどうかと思ったが、いちいち染井に突っ込んでいたら日が暮れる。日が暮れたら、もっと寒くなる。夜には吹雪くという予報もあるし、雪が降り出す前に家に帰りたい。

「じゃあ、行くか」
「うん。帰ろ。染井、家来るでしょ」
「は? 何いってんの? まだローション買ってねえじゃん。松見あるわけ?」
「ねえけど」
「じゃあ、買いに行くよ。俺、行きたい店あるんだ。変態の店」

松見がまた爽やかに笑った。

雪が空からふわりと落ちてきたのを、染井の言った言葉を反芻しながら眺める。

変態の店、かあ……。